<?xml version="1.0" encoding="utf-8"?><?xml-stylesheet type='text/xsl' href='http://sakura-nokishita.spaces.live.com/mmm2008-05-08_20.17/rsspretty.aspx?rssquery=en-US;http%3a%2f%2fsakura-nokishita.spaces.live.com%2fcategory%2f%e8%97%9d%e8%a1%93%2ffeed.rss' version='1.0'?><rss version="2.0" xmlns:slash="http://purl.org/rss/1.0/modules/slash/" xmlns:msn="http://schemas.microsoft.com/msn/spaces/2005/rss" xmlns:live="http://schemas.microsoft.com/live/spaces/2006/rss" xmlns:dcterms="http://purl.org/dc/terms/" xmlns:cf="http://www.microsoft.com/schemas/rss/core/2005" xmlns:wfw="http://wellformedweb.org/CommentAPI/"><channel><title>硯水亭歳時記　Ⅱ　: 藝術</title><description /><link>http://sakura-nokishita.spaces.live.com/?_c11_BlogPart_BlogPart=blogview&amp;_c=BlogPart&amp;partqs=cat%25E8%2597%259D%25E8%25A1%2593</link><language>en-US</language><pubDate>Sat, 17 May 2008 00:07:21 GMT</pubDate><lastBuildDate>Sat, 17 May 2008 00:07:21 GMT</lastBuildDate><generator>Microsoft Spaces v1.1</generator><docs>http://www.rssboard.org/rss-specification</docs><ttl>60</ttl><cf:parentRSS>http://sakura-nokishita.spaces.live.com/blog/feed.rss</cf:parentRSS><live:type>blogcategory</live:type><live:identity><live:id>7831846612080327289</live:id><live:alias>sakura-nokishita</live:alias></live:identity><cf:listinfo><cf:group ns="http://schemas.microsoft.com/live/spaces/2006/rss" element="typelabel" label="Type" /><cf:group ns="http://schemas.microsoft.com/live/spaces/2006/rss" element="tag" label="Tag" /><cf:group element="category" label="Category" /><cf:sort element="pubDate" label="Date" data-type="date" default="true" /><cf:sort element="title" label="Title" data-type="string" /><cf:sort ns="http://purl.org/rss/1.0/modules/slash/" element="comments" label="Comments" data-type="number" /></cf:listinfo><item><title>モーゼスお婆ちゃんのこと</title><link>http://sakura-nokishita.spaces.live.com/Blog/cns!6CB04EFFB064FA79!2088.entry</link><description>&lt;p&gt;  
&lt;p align=center&gt;&lt;a href="http://blufiles.storage.msn.com/y1pJ8agrUaWTfpo4mbabFQ4bx6bnt4LRXPl50O9lE_dak0X57oJmhQzGso-n48sJJeGdzpDPraaVeI?PARTNER=WRITER"&gt;&lt;img height=455 alt="モーゼスおばあちゃんの絵" src="http://blufiles.storage.msn.com/y1pJ8agrUaWTfpdZdqwdXQbug3PPWSrWBbrPVrjc8FVYxdhBiH8pjkv7iqnzKpWeuCEDXeX2Dmlc0I?PARTNER=WRITER" width=587&gt;&lt;/a&gt; 
&lt;p align=center&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝" color="#00b050"&gt;&lt;strong&gt;『散歩道』　花盛りの果樹園と農夫（真下の川はシェナンドウ川と渓谷）&lt;/strong&gt;&lt;/font&gt; 
&lt;p align=center&gt;&lt;strong&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝" color="#00b050"&gt;&lt;/font&gt;&lt;/strong&gt;  
&lt;p&gt;
&lt;p&gt;  
&lt;p&gt;  
&lt;p&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　&lt;strong&gt;&lt;font size=6&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝"&gt;モーゼスお婆ちゃんのこと&lt;/font&gt; &lt;/font&gt;&lt;/strong&gt;
&lt;p&gt;&lt;strong&gt;&lt;font size=6&gt;  &lt;/font&gt;&lt;/strong&gt;
&lt;p&gt;  
&lt;p&gt;　今日は花吹雪のあてが外れて絶好の櫻日和、外出にはもって来いの日でありましょう。でも今の私はあちこちに行けない身で、偶々ハイビジョンでカラヤンの１１時間ぶっ続け番組（実は朝昼晩の三部構成）をやっているから、大音量にしてそれを心ゆくまで聴いている、何て幸せな日なんだろう。少々の悔しさを籠めて、怪我の巧妙とでも言うべきでしょう。大好きなハワイアン・コナ・コーヒーを淹れて飲みながら、カラヤンの演奏をたっぷり聴き、再びパソコンを取り出すと、ああ書きたい！そんな病は畏れ多くもグランマの動機と同じで、ただ書きたい、それだけのことです。そこで本日は皆さんもよくご存知のグランマ・モーゼスを取り上げて書かせて戴きたいのです。 
&lt;p&gt;　アメリカで最も有名な画家は他でもなく、通称グランマ・モーゼス（Ｇｒａｎｄｍａ　Ｍｏｓｅｓ　つまりモーゼス婆ちゃん＝本名アンナ・メアリー・ロバートソン・モーゼス　１８６０～１９６１）というお婆ちゃんのことで、人生の一定の役目を終わった７５歳から１０１歳まで、実に１６００点もの油彩を描いたお婆ちゃんの挑戦のお話です。彼女の周辺に素敵なことがたくさん満ち溢れているので、まだご存知ない方にはきっとお役にたてましょう、そう願いつつ・・・・・。 
&lt;p&gt;　　　　&lt;a href="http://blufiles.storage.msn.com/y1pJ8agrUaWTfp8FUPks2S-7enMFv3GbpiEBfTOvxJNZoXXmGtcdhKf1BIHy4NosvVNDaiZl0K15e4?PARTNER=WRITER"&gt;&lt;img height=246 alt="グランマの写真" src="http://blufiles.storage.msn.com/y1pJ8agrUaWTfr29QV0I3Y_lmuVe-8Pir-rFMUYzzk6tNKyQBfIQHdBq8Ow13HLXEjiH-KETHUjCeA?PARTNER=WRITER" width=175&gt;&lt;/a&gt;&lt;a href="http://blufiles.storage.msn.com/y1pJ8agrUaWTforoYb0391KUi9ahBhi6NTitIx34KfXGHWqmx3-_GtC8MuB476eMZAF_rduHlIvXO8?PARTNER=WRITER"&gt;&lt;img height=247 alt="モーゼス婆ちゃん" src="http://blufiles.storage.msn.com/y1pJ8agrUaWTfp1q4WESVxDG-PI08ajacWIuquFW3GReIPNxcDpR6aQ3P30lPu39WJKN1lKmUpmwcA?PARTNER=WRITER" width=312&gt;&lt;/a&gt;&lt;a href="http://blufiles.storage.msn.com/y1pJ8agrUaWTfrhFieBft02FCckwmT9a6vXkSb7JHFXpJa2Zk5OVUeu1XgWkutyPXItoYc007gGQYs?PARTNER=WRITER"&gt;&lt;img style="width:235px;height:246px" height=250 alt="グランマの写真" src="http://blufiles.storage.msn.com/y1pJ8agrUaWTfqs-PiroqOvzcPTd8XyqR8RPSrCqN6EXZ3s_c91HN0gaSa75C5_fxofG4O_w2WtakE?PARTNER=WRITER" width=240&gt;&lt;/a&gt; 
&lt;p align=center&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝" color="#ffc000"&gt;&lt;strong&gt;心から尊敬してやまないグランマ・モーゼスお婆ちゃん　ねっ可愛いでしょ！&lt;/strong&gt;&lt;/font&gt; 
&lt;p&gt;  
&lt;p&gt;　彼女はアメリカ北部の小さな農村グリニッジで&lt;a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/1860%E5%B9%B4" target="_blank"&gt;&lt;u&gt;&lt;strong&gt;１８６０年&lt;/strong&gt;&lt;/u&gt;&lt;/a&gt;に生まれました。男の子５人と女の子５人の１０人兄弟で、貧しいながらも田舎の素朴な雰囲気のなかで満ち足りた生活でした。冬はソリに乗って遊んだり、みんなでメープル・シュガー造りをしたり、家のものは殆どが手製でしたから、子供ながらもやることがいっぱいあったのです。でもそれがとっても楽しかったメアリーでした。後にこの幼児期の体験が大きく影響をして行くのですが、それはさて置き、メアリーが１２歳の時女中奉公に出されます。一箇所ではなく、あちこちの家庭で働き寸分の休みもなかったメアリーでした。でも中にはホワイトサイド家のように、本当の娘のように扱ってくれた家もあったのです。 
&lt;p&gt;  
&lt;p align=center&gt;&lt;a href="http://blufiles.storage.msn.com/y1pJ8agrUaWTfravFhElGgvbQ7Yc2iKClWnqVToH8g6vbiio6-AhNCrSJbfYIvjj3PkR5W6-JbhL-8?PARTNER=WRITER"&gt;&lt;img height=370 alt="グランマが大好きだったホワイトサイド家" src="http://gy2fug.blu.livefilestore.com/y1pFt23tMUp19YuUvap83ia3ciKK9JjvhkxJpI6qepLCv1VMI9t4bIX3dEu1xVNQf3fGxuxArNw7cfaCB6a1AsXXA?PARTNER=WRITER" width=621&gt;&lt;/a&gt; 
&lt;p align=center&gt;&lt;strong&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝" color="#c00000"&gt;グランマが大切にされ大好きだった『ホワイトサイド教会』&lt;/font&gt;&lt;/strong&gt; 
&lt;p align=center&gt;&lt;strong&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝" color="#c00000"&gt;&lt;/font&gt;&lt;/strong&gt;  
&lt;p&gt;
&lt;p&gt;  奉公に出されてから１５年、同じ身分の使用人だったトーマス・サーモン・モーゼスと結婚します。二人は新天地ノースカロライナに向かって旅立つのですが、途中ヴァージニア州を流れるシェナンドウ川渓谷の美しさにうたれ、そこで落ち着くことにしたのです。二人は昼夜を問わず働きました。ここで１８年暮らしたのですが、子供が１０人も恵まれました。メアリーの兄弟たちとおんなじです。でも残念ながらその半数５人の子供は赤ん坊の時に亡くなってしまいます。メアリーは揺り椅子にただ黙って座ってトーマスからお金をただで戴くのは大嫌いでした。積極的に家計の足しになればと徹底して働きます。一週間でバターを８０キロも作ったのですから驚きです。ポテトチップスを作ったり、メアリーは様々な工夫をして頑張ります。ウウン悪い意味ではなく、いつも一人立ちしたいと考えていたのでした。そのうち夫婦は再び北へ帰りたい願望が強くなって来て、１９０５年ついに家財道具一式を貨車に積み込み一路ニューヨークへ。メアリーの生家にほど近いイーグル・ブリッジに農場を買い、今度はそこで落ち着いて頑張るのです。次第に子供たちは大きくなり、それぞれが自立し独立して行きます。そんな時１９２７年夫のトーマスが突然亡くなってしまいました。でも哀しんでばかりいないところがグランマ（メアリー）たる所以です。既に農業の雑務から離れていたメアリーは今度は手作りパンや保存食を作ることに熱中するのです。やがて病弱な娘アンナを助けるためにヴァーモント州ベニントンへ。そこでメアリーはメアリーの独創的な絵入りの刺繍をするのですが、これが忽ち大評判になってしまいます。明らかにこれがグランマとして、自らの才能に気付いた瞬間だったかも知れません。あっという間に売れてしまいます。ところが運命の悪戯でしょうか。永年の労務のせいで、関節炎を患ってしまったのです。針と糸を操ることが困難になって来ました。そんな時ふとしたきっかけに妹が絵を描いたらとアドバイスをするのです。実際油彩の筆を握るのは針に比べたら何でもありませんでした。アメリカの片田舎で材料調達さえままならない時代に、メアリーは絵筆を取る決心をするのです。メアリー７５歳の時でした。メアリーからグランマ・モーゼスの誕生です。 
&lt;p&gt;　グランマに最も感動することは、今グランマの経歴を実にあっさりと書きましたが、女中奉公の時から、文無し夫婦で夢を持って開拓にいそしみ働き詰めで、多くの子供も抱え、人にいうにはいえない数え切れない多くの困難と汗と涙があったことでしょう。食べるため、或いは食べさせるため、本人にとってはまさに赤貧洗うが如き数々の連続する労苦があったはずです。７５歳まででも、もうそれは充分な人生だったはずなのに、少女時代から一貫して１０１歳で大往生と遂げるまで彼女の純粋性は全く失われなかったこと、一番に驚異的です。この純粋無垢な精神はいつどんな時でも揺らぐこともなかったし微動だにしなかったことで、卑屈になったり卑怯になりたい一瞬さえも感じられないグランマ。これが本当に驚きで、私にとっては信じられないことの一つですが、彼女が自叙伝で語るほど淡々としていませんでした。心の芯が強いのか性格が頑固だったのか夢や信念が他の余分なことより圧倒してあったのか、あのカントリー風な絵画の奥にジィ～ッと潜む人間としての自尊心・崇高さ・潔癖さ・強靭さがいとも簡単に読み取れるのです。無論７５歳から２６年間に及ぶ画家生活も驚嘆に値しますが、自分の人生をアレンジしたような絵は一つもないです。.確かに狭い範囲の周辺しか登場して来ませんが、彼女が懐かしく愛着を持ったモノには徹底した時代考証までしていました。少女時代、一番上の兄は蒸気機関車を描き、二番目の兄は動物ばかり描いていましたが、彼女は身の回りを俯瞰したような全体像を描くのが得意でした。兄たちから幾ら笑われてもです。従ってこのことは終生一貫してあったことなのです。貧乏のどん底だったにも関わらず、紙と鉛筆を与え続けた父親の存在も大きかったことでしょう。彼女の絵は、カントリー派とか素朴派とか童画派などでは断じてありません。敢えて申し上げれば&lt;strong&gt;&lt;font color="#0070c0"&gt;『生活実感に基づくこころの&lt;/font&gt;&lt;font color="#0070c0"&gt;リアリズム、或いはリアリスト』&lt;/font&gt;&lt;/strong&gt;であったと信じます。 
&lt;p&gt;　 
&lt;p align=center&gt;&lt;a href="http://blu1.storage.msn.com/y1pKJala_M-ouYlAKHIwKtL1t_DZnCgGOm4TlCM6uYpHu0UoTSky_3wx7MExjWjW2BYZSAjZevJFeOjsMNVNMduBvf2jCctsH66?PARTNER=WRITER"&gt;&lt;img height=437 alt="グランマの刺繍" src="http://blu1.storage.msn.com/y1pKJala_M-oubpWYYA6EoYf0nXluJk0aJFsZcODpTn7wbIQmDxzWw3gOj-URHyIG2ZE8keQryHUSJKVjugv0mpnFOxNki3bJFG?PARTNER=WRITER" width=568&gt;&lt;/a&gt; 
&lt;p align=center&gt;&lt;strong&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝" color="#e36c09"&gt;『屋根つき橋』　父親の焼けたレンガ工場につながっていました（画家になる以前の刺繍）&lt;/font&gt;&lt;/strong&gt; 
&lt;p align=center&gt;&lt;strong&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝" color="#e36c09"&gt;&lt;/font&gt;&lt;/strong&gt;  
&lt;p&gt;
&lt;p&gt;  どうです、この刺繍。画家になる以前の作品です。この刺繍には既に画家としての資質と才能の片鱗が見出されます。実に繊細で美しい刺繍で、従って妹の助言が当たっていたわけです。それから先はアメリカ絵画の歴史といってもいいぐらいです。彼女の絵が老齢にも関わらず最期まで成長をし続けた証拠があるのですから、驚きの歴史です。グランマは彼女が５歳の時に起きた大事件・リンカーン大統領の暗殺事件を子供ながらも鮮明に覚えていました。だから数多くの絵に星条旗が描かれています。時の大統領トルーマンとお茶したり、アイゼンハワー大統領から星条旗を贈られたり、ケネディ大統領とは文通をして数多くの書簡が発見されています。リリアン・ギシュはテレビに引っ張り出しましたし、ミュローはグランマから長いインタビューを致しました。描く絵描く絵が大評判だったのです。ノスタルジックな光景はアメリカ人の心に直接ビシビシ響いたのでしょう。「ライフ」「タイム」「ニューヨーク・タイムズ・マガジン」の表紙の写真に登場することもありました。でも意欲的に創作にだけ打ち込むグランマ。彼女の絵は瞬く間にアメリカ全土で展示会が開かれました。数え切れないぐらいのグリーティング・カードに使われたり、何冊もの本で紹介もされました。でもグランマの凄いところはそこからです。あれだけ超有名なお婆ちゃんになっても、生活姿勢は全く変わることはありませんでした。そうした馬鹿騒ぎを彼女らしい冷静さで受け止めています。自叙伝の最後に出て来る文章,&lt;font color="#ff0000"&gt;&lt;strong&gt; 「もし私が絵を描いてなかったら、ニワトリを育てていたかも知れません。今からやろうと思えば直ぐ出来ることです。私は決して揺り椅子に座って腰掛け、手を貸してくれるのを待っていたくはありません。こんなに反響を呼ぶとは思いませんでした。しかも大々的に、しかもこんな名声が。でもこんな年を取ってからグランマに寄せられても、もはやそれを気にとめるほど&lt;/strong&gt;&lt;/font&gt;&lt;font color="#ff0000"&gt;&lt;strong&gt;私は若くはないのです」&lt;/strong&gt;&lt;/font&gt;。飄々としてそれを書き、一切実生活は変わることはなかったのです。まさに四十の手習いではなく、古希の手習いのグランマでした。７５歳から１０１歳で亡くなるまで実に２５年間で１６００点の油彩（年間６４点以上になりますから、月になおすと月５～６点になりましょうか）の絵を精力的に残して逝った方です。亡くなる二ヶ月前まで制作に精魂籠めて没頭するグランマでした。 
&lt;p&gt;　 
&lt;p align=center&gt;&lt;a href="http://blu1.storage.msn.com/y1pKJala_M-ouZ1ejEDMHNRbT6shMOdQewrFs7xRx7ZESg2iJz05W7EK4b0_jcRUF4a6wjDwQS5-GTiWva-IkBRxeEGCX5wQUwH?PARTNER=WRITER"&gt;&lt;img height=400 alt="グランマ・モーゼスの冬景色" src="http://blu1.storage.msn.com/y1pKJala_M-ouaZ-sNor2DiN_7eBZra-b4STq2CA8QgAveJu8PE1N7spjrRTJgQ5TJfuHllDsl2WmHDLa7YMkhACMtOCOGSkDkB?PARTNER=WRITER" width=543&gt;&lt;/a&gt; 
&lt;p align=center&gt;&lt;strong&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝"&gt;『冬景色』　メープル・シュガー造り&lt;/font&gt;&lt;/strong&gt; 
&lt;p align=center&gt;&lt;strong&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝"&gt;&lt;/font&gt;&lt;/strong&gt;  
&lt;p&gt;
&lt;p&gt;  彼女がインタビューに応じてお話したことを書きましょう。「どうして絵を描けるんですか」の問いに、&lt;font color="#ff0000"&gt;&lt;strong&gt;「始めればいいのよ」&lt;/strong&gt;&lt;/font&gt;。清教徒らしく勤勉で慎ましやかで何事にも明るく頑張るグランマです。特に彼女の絵は生きる歓びそのものでしょう。そこにはほぼ同世代だった&lt;a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%B0%E8%B1%A1%E6%B4%BE" target="_blank"&gt;&lt;u&gt;&lt;strong&gt;印象派&lt;/strong&gt;&lt;/u&gt;&lt;/a&gt;の影響は全くありません。それを勉強した形跡すらないのです。すべて独学で場面の全体像を描くのが得意でした。細かい登場人物にはそれぞれ深い愛情をもって表情豊かに描かれています。小難しい一派や理論や主義は微塵も存在しないのです。人はよくグランマの絵を評して「素朴派」と言いますが、本人には全く関係ないことです。アンリ・ルソーとも似ているとか言われますが、それも当たらないでしょう。原初的（プリミティブ）な派でもありませんし、絵を描くもっと以前のピュアなものが存在しているのでしょう。描きたいから描く、ただそれだけです。そこで面白いインタビューもあります。「どうしてこの絵が描けるのか」の問いに&lt;font color="#ff0000"&gt;&lt;strong&gt;、「理論は何もないわ。ただ私をとりこにしてしまう色があるの。私のエプロンの縁に使われている青緑の色を御覧なさい。ほとんど食べてしまいたいぐらい好きなんです」&lt;/strong&gt;&lt;/font&gt;&lt;font color="#000000"&gt;と。もうただ脱帽するしかないでしょう。&lt;strong&gt;描く歓び、生きる歓び&lt;/strong&gt;がグランマには横溢しているのです。 &lt;/font&gt;
&lt;p&gt;&lt;font color="#000000"&gt;　 &lt;/font&gt;
&lt;p align=center&gt;&lt;a href="http://blu1.storage.msn.com/y1pKJala_M-ouZRX3k39cSr2L0YNqdNiboT-7bFZQAmzZ4rQqctV3NZahVR3O3MJNP2NgJT9r1bxndCb-UWVreFm4x19Ce9igMQ?PARTNER=WRITER"&gt;&lt;img height=400 alt="CIMG0387 の補正" src="http://blu1.storage.msn.com/y1pKJala_M-ouZGxm4Ro2anwDllkZzn9Ayud5Fdu4aDUJUhjZ7Igv0oTDax8lLZGgTugd1nhr8rP8DJ2zjs4o2GuSBHp4cjBFB4?PARTNER=WRITER" width=533&gt;&lt;/a&gt; 
&lt;p align=center&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝" color="#7030a0"&gt;&lt;strong&gt;日本で出版された本　『グランﾄﾞマ&lt;/strong&gt;&lt;/font&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝" color="#7030a0"&gt;&lt;strong&gt;ア・モーゼスのこころ』と『モーゼスおばあさんの四季』&lt;/strong&gt;&lt;/font&gt; 
&lt;p align=center&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝" color="#7030a0"&gt;&lt;strong&gt;&lt;/strong&gt;&lt;/font&gt;  
&lt;p&gt;
&lt;p&gt;　経済大国で戦争大国であるアメリカの一方で、北米の田舎暮らしで清冽な古き良き時代を追及するグランマの精神は、&lt;a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%BB%E3%83%86%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%80%E3%83%BC" target="_blank"&gt;&lt;u&gt;&lt;strong&gt;ターシャ・テューダー&lt;/strong&gt;&lt;/u&gt;&lt;/a&gt;さんとそっくりです。雪の多い北米に住んだこと、メープル・シュガーや蝋燭など何もかも手作りで、働きもので、自分の思ったように生きて、年老いてから尚盛んになるピュアさとパワー！女々しさなど微塵もないのは、感傷に浸っている時間がないだけで、両者ともとっても素敵です。但しターシャの絵の方がお母様は絵描きだったためにデッサンがしっかりしていますが、グランマはそれにこだわっておりません。時代考証と絵全体の構図がしっかりしているのですが、個々の人物はあっさりと暖かく描かれています。これはグランマ独特のセンスによるもので、何もデッサンが出来るからどうとか関係ない話です。彼女たちの生き方は年老いた多くの方々にきっと大きな勇気を頂戴出来るでしょう。グランマの場合、アメリカで最も著名な画家なのに、日本への紹介本は圧倒的に少ないです。でも文芸春秋社から刊行されている『グランﾄﾞマア・モーゼスのこころ』（２,４００円　但し今は古書？）やＢＬ出版社から刊行されている『モーゼスおばあさんの四季』（新刊１,５００円）は比較的廉価でお求めやすい本ですが、少々高い本で文芸春秋社刊行の『グランマ＝モーゼスの贈り物』（新刊１４,５００円）などがあり、日本でも個展が開催されたことがありましたから、きっと隠れファンの方が大勢いらっしゃることでしょう。 
&lt;p&gt;　最後にもう一つ取って置きのインタビュー記録から、グランマのお話で&lt;strong&gt;&lt;font color="#ff0000"&gt;「人生は色んなことがあったけれど、たった一日なの」&lt;/font&gt;&lt;/strong&gt;。そう言ってグランマはこの世から清々しく去って逝きました。でもアメリカの良心として今でも圧倒的な人気を博しています。私がニューヨークで彼女の絵数点を実際に観た時、意外とと言ったらグランマには大変失礼ですが、絵にはチカラがありました。彼女の優しさが細部にわたって圧倒し、後引く優しさは数時間経っても心に沁み入って来るのです。寧ろ大きくなるばかりでした。喜怒哀楽全部が詰まった本物の人生がそこにはしっかりと在ったからです。彼女の人生を回顧する度に、私が年老いたら、横柄で冗漫で不遜で横着な爺さんにだけは絶対になりたくないと切に考えさせられます。死ぬまでハッタリなしの実直で勤勉な人であり続けたいと（無論まだまだですが）。そして夭折された方々には人生には色々あったけれど、人生ってとってもいいもんだったよとあの世でしみじみと話してあげたいです。グランマ！いつも勇気を有難う！ 
&lt;p&gt;　 
&lt;p align=center&gt;&lt;a href="http://blu1.storage.msn.com/y1pKJala_M-ouYbqPb74pHOT90tRIdoltBONdb_2khfqH1bd6SPQ6bb5PkgqtJ6pkHMQnSD8-uiHTd3bXwAVfhXFyjn3Ab7Yzmi?PARTNER=WRITER"&gt;&lt;img height=400 alt="グランマ・モーゼスの野山" src="http://blu1.storage.msn.com/y1pKJala_M-ouZU3oZ00yPdX0OLkdL8FvVHlEH7S5EpxBugiP864uZmk9QdJPsyTgjiIltE6YBZvHwi-1bGr_73TPJrTmYl5pd4?PARTNER=WRITER" width=533&gt;&lt;/a&gt; 
&lt;p align=center&gt;&lt;strong&gt;&lt;font color="#92d050"&gt;『野山』　シェナンドウ渓谷&lt;/font&gt;&lt;/strong&gt; 
&lt;p align=center&gt;&lt;strong&gt;&lt;font color="#92d050"&gt;&lt;/font&gt;&lt;/strong&gt;  
&lt;p&gt;
&lt;p&gt;   グランマの絵はちゃんとしたキャンバスにではなく、ほとんど板の上に描かれていますから、今後痛み具合が心配です。高度なテクニックで今後も保存され展示されて行くのを祈るのみです。この記事を、先ず我妻と、絵を描くのが大好きな&lt;a href="http://yuhibari.jugem.jp/" target="_blank"&gt;&lt;u&gt;&lt;strong&gt;夕ひばりさま&lt;/strong&gt;&lt;/u&gt;&lt;/a&gt;と、いつもパワフルな&lt;a href="http://blogs.yahoo.co.jp/hanahitohira06" target="_blank"&gt;&lt;strong&gt;&lt;u&gt;花ひとひらさま&lt;/u&gt;&lt;/strong&gt;&lt;/a&gt;と、今日も&lt;strong&gt;「最も光るのは老いを知らぬ人の感性」&lt;/strong&gt;と題して書かれてて、いつも珠玉の記事を書き綴られていらっしゃっり、こんな若造にでも多くのお励ましを戴いてる&lt;a href="http://blog.livedoor.jp/kyoto_cafe/" target="_blank"&gt;&lt;u&gt;&lt;strong&gt;Ｈａｙａｋａｗａさま&lt;/strong&gt;&lt;/u&gt;&lt;/a&gt;に心から献じたいと存じます。ただ今再びベルリン・フィル管弦楽団演奏、カラヤン指揮、チャイコフスキー作曲『悲愴』が始まったばかりです。繊細で鋭敏で解釈の深いカラヤンがたっぷりと聴けるでしょう。長い記事で申し訳ありませぬ。ハッピーな一日を皆さまどうも有難う御座いました！ 
&lt;p&gt; &lt;img src="http://c.services.spaces.live.com/CollectionWebService/c.gif?cid=7831846612080327289&amp;page=RSS%3a+%e3%83%a2%e3%83%bc%e3%82%bc%e3%82%b9%e3%81%8a%e5%a9%86%e3%81%a1%e3%82%83%e3%82%93%e3%81%ae%e3%81%93%e3%81%a8&amp;referrer=" width="1px" height="1px" border="0" alt=""&gt;&lt;img style="position:absolute" alt="" width="0px" height="0px" src="http://c.live.com/c.gif?NC=31263&amp;amp;NA=1149&amp;amp;PI=73329&amp;amp;RF=&amp;amp;DI=3919&amp;amp;PS=85545&amp;amp;TP=sakura-nokishita.spaces.live.com&amp;amp;GT1=sakura-nokishita"&gt;</description><comments>http://sakura-nokishita.spaces.live.com/Blog/cns!6CB04EFFB064FA79!2088.entry#comment</comments><guid isPermaLink="true">http://sakura-nokishita.spaces.live.com/Blog/cns!6CB04EFFB064FA79!2088.entry</guid><pubDate>Sat, 05 Apr 2008 08:26:11 GMT</pubDate><slash:comments>3</slash:comments><msn:type>blogentry</msn:type><live:type>blogentry</live:type><live:typelabel>Blog entry</live:typelabel><wfw:commentRss>http://sakura-nokishita.spaces.live.com/blog/cns!6CB04EFFB064FA79!2088/comments/feed.rss</wfw:commentRss><wfw:comment>http://sakura-nokishita.spaces.live.com/Blog/cns!6CB04EFFB064FA79!2088.entry#comment</wfw:comment><dcterms:modified>2008-04-07T01:38:53Z</dcterms:modified></item><item><title>パリのあなたへ　そして誰もがゼロだった</title><link>http://sakura-nokishita.spaces.live.com/Blog/cns!6CB04EFFB064FA79!1960.entry</link><description>&lt;p&gt;　　 
&lt;p&gt;　　　　　&lt;a href="http://blu1.storage.msn.com/y1pKJala_M-ouaz-nqXXmRN9IL-72t7C7_zRbIW1sRVzYXAzR0UcwXmV4yG_5rJMXIObAKbGE--zmGesll3X_se4zsIa_hqPWIW?PARTNER=WRITER"&gt;&lt;img height=199 alt="パリ" src="http://blu1.storage.msn.com/y1pKJala_M-ouajUAlRaykUqDZLGVJhOPE8qMWjaJBgcXWK4LwqrfCwt70JZTUw4YaUAJmIllARK7yvOAAuY5BxYsZtrOsLYkSd?PARTNER=WRITER" width=265&gt;&lt;/a&gt;&lt;a href="http://blu1.storage.msn.com/y1pKJala_M-oua-U1q5KNnj_q-ESJbUNvrfiQfAwOtqlDvDoFMRucWaCDGk7TzIkBwZuNEkt5ict-nQioV6y3iXSiPcuYTds-CZ?PARTNER=WRITER"&gt;&lt;img height=200 alt="パリ" src="http://blu1.storage.msn.com/y1pKJala_M-ouZ9Nfzc3qtns-e30GTRplG9dkQ_xr0hUmVLeJDSe6lmZL-73lPpdYN_8Oz9AZiUbFzJRrygo01x7hS8sCdXPs-R?PARTNER=WRITER" width=150&gt;&lt;/a&gt;&lt;a href="http://blu1.storage.msn.com/y1pKJala_M-ouaD_qGf-7yfuodz_DfiVou0OjMqXjTbPaJo7Unn4e59kVGgNO6N3u4R2vZmWSNXzvWpj-phyV8ggjd911n_DBZv?PARTNER=WRITER"&gt;&lt;img height=200 alt="パリ" src="http://blu1.storage.msn.com/y1pKJala_M-ouZIfwttXzjr8gOauStQoy0op_bmr6TGpGrzmBehLCMKI43cmko3Oe5hhDhUuFd5FMowKdRUCivYemapcJgJ8D-i?PARTNER=WRITER" width=267&gt;&lt;/a&gt; 
&lt;p align=center&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝" color="#00b050"&gt;凱旋門・シテ島のノートルダム大聖堂　ここを一区とし時計回りで渦巻き状に二区三区へと・四区夜のカフェ　&lt;/font&gt; 
&lt;p align=center&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝" color="#00b050"&gt;&lt;/font&gt;  
&lt;p align=center&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝" color="#002060"&gt;&lt;/font&gt;  
&lt;p align=center&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝" color="#002060"&gt;  &lt;/font&gt;
&lt;p&gt;　　　　　　&lt;strong&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝" size=6&gt;パリのあなたへ　そして誰もがゼロだった &lt;/font&gt;&lt;/strong&gt;
&lt;p&gt;&lt;strong&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝" size=6&gt;  &lt;/font&gt;&lt;/strong&gt;
&lt;p&gt;  
&lt;p&gt;　現在&lt;a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%AA" target="_blank"&gt;&lt;u&gt;&lt;strong&gt;パリ&lt;/strong&gt;&lt;/u&gt;&lt;/a&gt;市内には約２万人の邦人がいる。パリの総人口２１７万人のひと握りに相違ないが、一部の商社マンを除いては画家・彫塑家・デザイナー・バレリーナ・ミュージシャンなど芸術部門の総数にしては他国に比べて比較的多い方である。皆それぞれが大きな夢を抱いて渡仏している方々だ。確かにパリは刺激的で、芸術的な啓発に満ちて余りある。間違いなく&lt;strong&gt;「芸術の都パリ」「花の都パリ」&lt;/strong&gt;であることは事実である。私の主人も若い時にはそうした甘美な夢を抱いていた。だが結局、仕事の拠点をパリには求めなかった。リヨンに支店を作り、自在な動向をよしとした。カフェ・オレにクロワッサンというイメージのパリとは違って、&lt;a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%A8%E3%83%B3" target="_blank"&gt;&lt;u&gt;&lt;strong&gt;リヨン&lt;/strong&gt;&lt;/u&gt;&lt;/a&gt;では朝からステーキが出て来るような自由な発想の美食を中心とした金融の街で、どこへ行くにも多彩で便利であったことが大きな理由の一つであったろう。 
&lt;p&gt;　フランスはアジアやアフリカに対し永い間植民地政策を取って来た。従って現在その煽りで、世界中からどのような人種の方もやって来て、特にアフリカ系の移民で溢れ、言わば人種の坩堝になっていると言っても過言ではない。一昨年だったか大規模なデモがあったが、あのデモこそ容易に職業につけない移民者による爆発であったのだろうと思う。近年ジャン・ギャバンやジャン・ポール・ベルモンドやエディット・ピアフなどがひょいと横丁から出て来るような、庶民派にとってもってこいの路地裏の良さが失われつつある。移民系の人たちが大手を振って跋扈するようになり、同時にパリっ子たちは勢い保守的になっているに違いない。事実今あらぬ話題で沸騰中のサルコジ大統領は保守主義のドンである。パッサージュと言って、親しみ深かった抜け道のような通りが極端に少なくなっている。お店もこれがパリだと言わんばかりに小綺麗で、あの学生街のカルチェ・ラタン（&lt;a href="http://www.museesdefrance.org/museum/special/backnumber/0705/special03-04.html" target="_blank"&gt;&lt;u&gt;&lt;strong&gt;サン・ジェルマン・デ・プレ&lt;/strong&gt;&lt;/u&gt;&lt;/a&gt;地区)だってすっかり綺麗になって整備されている。嘗てフランス映画と言えば、小洒落たエスプリでいっぱいであった。喜劇映画は全世界のリーダー格で全盛の時代も永かったし、ヌーヴェル・ヴァーグだって凄かった。未だにちっとは往時の映画のような雰囲気は垣間見られるものの、ハリウッドに毒されたのかドンパチ映画などが多く閉口するばかりだ。『ポンヌフの恋人』や『アメリ～』は最高だったが、パリ市内を縦横無尽に闊歩してくわえタバコで小洒落た、あのカックいいギャングのような小父様は既にいなくなって久しい。始終ラヂオで流されていたピアフの歌は殆ど流れては来ない。 
&lt;p&gt;　&lt;a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%A2%E3%83%AA%E3%82%BE" target="_blank"&gt;&lt;u&gt;&lt;strong&gt;ベルト・モリゾ&lt;/strong&gt;&lt;/u&gt;&lt;/a&gt;だって印象派ただ一人の女流画家であったが、たった１５０年前にして女性は戸外でキャンバスを立てることを許されなかった。そのずっとずっと前からパリには&lt;a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%AD%E3%83%B3" target="_blank"&gt;&lt;u&gt;&lt;strong&gt;サロン&lt;/strong&gt;&lt;/u&gt;&lt;/a&gt;の存在があって、&lt;a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/ジャン・シメオン・シャルダン" target="_blank"&gt;&lt;u&gt;&lt;strong&gt;シャルダン&lt;/strong&gt;&lt;/u&gt;&lt;/a&gt;やフラゴナールだって多くの画家が泣かされて来たものだ。&lt;a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%B3%EF%BC%9D%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%BD%E3%83%AF%E3%83%BB%E3%83%9F%E3%83%AC%E3%83%BC" target="_blank"&gt;&lt;u&gt;&lt;strong&gt;ミレー&lt;/strong&gt;&lt;/u&gt;&lt;/a&gt;やコローですら一旦サロンに受け入れられたが、&lt;strong&gt;バルビゾン派&lt;/strong&gt;は徹底して無視されていたではないか。あの印象派の巨匠&lt;a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%A2%E3%83%8D" target="_blank"&gt;&lt;u&gt;&lt;strong&gt;クロード・モネ&lt;/strong&gt;&lt;/u&gt;&lt;/a&gt;ですら審査機関のサロンから排斥されていたのだから。&lt;a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B4%E3%83%83%E3%83%9B" target="_blank"&gt;&lt;u&gt;&lt;strong&gt;ゴッホ&lt;/strong&gt;&lt;/u&gt;&lt;/a&gt;や&lt;a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%B4%E3%83%BC%E3%82%AE%E3%83%A3%E3%83%B3" target="_blank"&gt;&lt;u&gt;&lt;strong&gt;ゴーギャン&lt;/strong&gt;&lt;/u&gt;&lt;/a&gt;は言わんやおやである。尤も何時の時代だってこうしたサロン的な存在は何処にでもあるのだが、それが現在でもそうした背景がパリのド真ん中に大きくあって&lt;strong&gt;でけぇツラァ&lt;/strong&gt;してたら、話はまったく別であろう。然し今でも隠然としてあるのが事実であり、最早パリは&lt;strong&gt;芸術の都&lt;/strong&gt;に胡坐をかき過ぎた。ルーヴル・オルセー・マルモッタン・オランジェリー・グランパレなど多くの栄えある&lt;a href="http://www.franceinformation.or.jp/paris/musee/musee.html" target="_blank"&gt;&lt;u&gt;&lt;strong&gt;パリの美術館&lt;/strong&gt;&lt;/u&gt;&lt;/a&gt;での観光展示をいいことにして、新しい芸術の萌芽に極めて乏しい雰囲気に満ち満ちている。何故だろうか、何故そうなんだろうか。私的な考え方ではあるが、多分底辺には依然として隠然たるそうしたサロン風な勢力が数多くあるからだろうと思う。従って未知数の画家たちの発表の場やチャンスは殆ど提供されないでいるのだ。芸術の観光地ではあるが、最早芸術の熱気がほぼ完璧にないのだから、どうしようもない。どこかの公的機関が買い上げるなんてことは奇跡に近い。 
&lt;p&gt;　私が好きな画家で絵の汚し屋・偉大なる&lt;a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%82%A4%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%83%BC%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%B3" target="_blank"&gt;&lt;u&gt;&lt;strong&gt;スーチン&lt;/strong&gt;&lt;/u&gt;&lt;/a&gt;は大親友であり最も信頼した同じユダヤ系の画家&lt;a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%87%E3%82%AA%E3%83%BB%E3%83%A2%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%8B" target="_blank"&gt;&lt;u&gt;&lt;strong&gt;モディリアーニ&lt;/strong&gt;&lt;/u&gt;&lt;/a&gt;を早くして失い、失意のどん底で食うものも食わずに貧乏な絵画生活を余儀なくされた。あのアメリカのバーンズ・コレクションのオーナー・&lt;a href="http://www.new-york-art.com/mus-barnes.htm" target="_blank"&gt;&lt;u&gt;&lt;strong&gt;バーンズ&lt;/strong&gt;&lt;/u&gt;&lt;/a&gt;氏が直接アトリエにやって来て一切合財を買いに来るまでは。ゴッホも耳を切って最期短銃自殺を果たした。ゴッホの売れた絵は三千余枚（１０年間の制作期間であった）のうち、たった一枚だけであった。まして弟テオの奥さんが果たした精一杯の努力がなかったら、今日のゴッホはなかっただろう。ゴーギャンにしたって、タヒチから途方もなく遠く離れた絶海の孤島で最期を遂げた。みな生前等しく報いの少ない悲惨な絵画人生であったと言えよう。&lt;a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%BB%E3%82%B6%E3%83%B3%E3%83%8C" target="_blank"&gt;&lt;u&gt;&lt;strong&gt;ポール・セザンヌ&lt;/strong&gt;&lt;/u&gt;&lt;/a&gt;をキュビズムの師匠として生涯尊敬してやまなかった&lt;a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%96%E3%83%AD%E3%83%BB%E3%83%94%E3%82%AB%E3%82%BD" target="_blank"&gt;&lt;u&gt;&lt;strong&gt;パブロ・ピカソ&lt;/strong&gt;&lt;/u&gt;&lt;/a&gt;だって永くパリにいることはなかった。嫌しかし、今さらパリを毛嫌いしたってどうにも始まらないのではないか。パリのどこが悲惨で窮屈で馬鹿げているのかをはっきりとこの目で確かめなければならない。飛躍の逆説をしっかりと確かめなければならない。話は絵画ではないが、恋人ジョルジョ・サンドとショパンのパリでの栄光と挫折を見るがいい。そしてその格闘を避けてはいけない。あなたたちには新しくパワフルな芸術が求められているからだ。さぁまだパリだ、頑張れないことはない。だって多くの先人たちの絵画がちゃんと傍にあるのだから。しっかり眼を見開き、大所高所から物事を見ることだって必要だ。あなたの絵画には寸分もお手伝いは出来ないけれど、あなたの裂帛の気合でなし遂げられるご活躍を心の底から信じている。 
&lt;p&gt;　誰だって最初は何もなかったし出来なかった。すべて&lt;strong&gt;ゼロからのスタート&lt;/strong&gt;だった。少年時代のモネは風刺漫画を描いてて得意がっていたのを知っているよね。誰にも初めがある。トコトンまでパリで格闘し終え卒業出来たら、それで絶対的にいい証ではないのか。今やニューヨークには全世界から怒涛の洪水のように多くの画学生たちが集まって来る。&lt;a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%94%E3%82%A8%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%B3" target="_blank"&gt;&lt;u&gt;&lt;strong&gt;モンドリアン&lt;/strong&gt;&lt;/u&gt;&lt;/a&gt;がふらりとアメリカにやって来て、ニューヨーク市街を俯瞰して描いた抽象画は知ってるかい。初期の頃の抽象絵画だったが、ここでは何もかも自由な別天地なのだ。芸術のエネルギーで爆発でもしそうである。そして天まで届くドリームもあるが、奈落の底だってないわけじゃない。それでもアメリカじゅうからも世界中からもここニューヨークに挙って若者たちが勇気凛々として集まって来ている。最初&lt;strong&gt;ＳＯＨＯ&lt;/strong&gt;で火がついた。でも今やニューヨークのどこからででもアートなのである。&lt;a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%86%E3%82%A3"&gt;&lt;strong&gt;&lt;u&gt;グラフィティ・アート&lt;/u&gt;&lt;/strong&gt;&lt;/a&gt;の路上アーチスト・&lt;a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%9F%E3%83%83%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%90%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%82%A2" target="_blank"&gt;&lt;u&gt;&lt;strong&gt;バスキア&lt;/strong&gt;&lt;/u&gt;&lt;/a&gt;は酷いダウンタウン出身だったが、何て素晴らしい芸術家だったんだろうか！薬物依存で２７歳の若さで死なれたがね。ところで現代で最も優れた貢献をしている&lt;strong&gt;ニューヨーク近代美術館&lt;/strong&gt;&lt;a href="http://www.moma.org/" target="_blank"&gt;&lt;u&gt;&lt;strong&gt;ＭｏＭＡ&lt;/strong&gt;&lt;/u&gt;&lt;/a&gt;だって、街中に目の利いた調査員が始終歩き廻っていて、名もない若者の絵を定期的にドシドシ買い上げしてくれている。自分で発表する場だって安くて多くあり、誰もが見に来てくれて、愛に満ちたキツゥ～～イ批評や賛辞の嵐を惜しまない。経済の活性化が後押しでもしているかのように誤解したいぐらいだ。第一パリのサロンのような存在は過去も現在も、多分未来も存在しないだろう。それだけ時代は忙しかったとも言えようか。そんな雰囲気が横溢している街・ニューヨークは、あの何処か陰惨なパリの雰囲気とは全然比較にならないわけなのだ。失意のうちにパリを離れアルルに向かったゴッホの時のように、あなたたちもいずれパリを離れ新しいエネルギーの鉱脈を探しあててやがてそれでやって来るだろう。もう古くなったかも知れないが、ウォーホールもオキーフもポロックもエッシャーも、ホッパーだって皆待っているんじゃないのかい。ピッカピカの超近代的なビルの一室に、ミレーやマネの絵画が似合うかい！だから真新しい芸術を皆が待ち望んでいるんだよ。ゴチック調の時代にはそれなりの絵画が流行って、ロマネスク調の時代にはそれなりの絵画が流行っていた。無論ロココの時代だってそうだった。でもその潮流に乗れなかった異端児の系譜こそが美術の歴史の王道を創り上げて来たのではなかったか。日本画とて例外ではない。あの絶大な権力を誇った狩野一門の手習い帖にテクニックはいいとしても、未来の日本画の命運は握られているだろうか。そして最近の絵画の傾向を観ると、宗教や哲学を乗り越えた超現代的な美とは、紀元前より遥か以前にあった人類の原初的な血肉の単純な美が見出され流行りつつあるのかも知れないね。私にはいまいちわからないけれど、でもこの瞬間の今でも、最も新しい現代絵画の旗手たちがバンバン発掘されているけれど、決死の覚悟のモノ凄い勇気が要るし、甘～～い夢は微塵も一切禁物なのさ。 
&lt;p&gt;　&lt;strong&gt;最初は誰しもがゼロだった。だからこそひたすら足元から必死こいて挑戦して欲しいと願ってやまない！あなたへ愛を籠めて！ &lt;/strong&gt;
&lt;p&gt;  
&lt;p&gt;　　　　　　&lt;a href="http://blu1.storage.msn.com/y1pKJala_M-ouYh5mAb154VoAk9KYMh0rrYxFaPKdk0PsflBPXno9LnUSi33SHizYUzWhrO1uAVtDT5nWeTRjB5072DXxxpJgo9?PARTNER=WRITER"&gt;&lt;img height=400 alt="モンドリアンの「ＮＹ" src="http://blu1.storage.msn.com/y1pKJala_M-ouapCqJ1jkG1pMbyyNUYWerbS7q8qH-yHI-QzhueljCb8ZnBVrM9OKdRL4lTjNfLZkyut3nHfvyuYxkR3xx_Rprq?PARTNER=WRITER" width=365&gt;&lt;/a&gt; 　　&lt;a href="http://blu1.storage.msn.com/y1pKJala_M-ouaGhEPWf7QKGUqXPEg7QYjGtp_Yk-1KP6K19S6lV_EXywpxFAhIk7KnGXgIy5OfYfnCADUmxL-aR1mgT0Fdu1mA?PARTNER=WRITER"&gt;&lt;img height=400 alt="ポロックのアート" src="http://blu1.storage.msn.com/y1pKJala_M-oubqA8OW7AJEV9Md6XEEsMTqBpwlzRAXM8GI23hfH0vqEgXqoIY-4LWHmyQRx5-tUIRYTXdrZDAOaXBgM9zT8_2u?PARTNER=WRITER" width=286&gt;&lt;/a&gt; 
&lt;p&gt;　　　　　　　　&lt;strong&gt;モンドリアン「コンポジション」　&lt;/strong&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　&lt;strong&gt;ポロック「ＵＮＴＩＴＬＤＥ」&lt;/strong&gt; 
&lt;p&gt;&lt;strong&gt;&lt;/strong&gt; &lt;img src="http://c.services.spaces.live.com/CollectionWebService/c.gif?cid=7831846612080327289&amp;page=RSS%3a+%e3%83%91%e3%83%aa%e3%81%ae%e3%81%82%e3%81%aa%e3%81%9f%e3%81%b8%e3%80%80%e3%81%9d%e3%81%97%e3%81%a6%e8%aa%b0%e3%82%82%e3%81%8c%e3%82%bc%e3%83%ad%e3%81%a0%e3%81%a3%e3%81%9f&amp;referrer=" width="1px" height="1px" border="0" alt=""&gt;&lt;img style="position:absolute" alt="" width="0px" height="0px" src="http://c.live.com/c.gif?NC=31263&amp;amp;NA=1149&amp;amp;PI=73329&amp;amp;RF=&amp;amp;DI=3919&amp;amp;PS=85545&amp;amp;TP=sakura-nokishita.spaces.live.com&amp;amp;GT1=sakura-nokishita"&gt;</description><comments>http://sakura-nokishita.spaces.live.com/Blog/cns!6CB04EFFB064FA79!1960.entry#comment</comments><guid isPermaLink="true">http://sakura-nokishita.spaces.live.com/Blog/cns!6CB04EFFB064FA79!1960.entry</guid><pubDate>Sat, 15 Mar 2008 13:54:11 GMT</pubDate><slash:comments>0</slash:comments><msn:type>blogentry</msn:type><live:type>blogentry</live:type><live:typelabel>Blog entry</live:typelabel><wfw:commentRss>http://sakura-nokishita.spaces.live.com/blog/cns!6CB04EFFB064FA79!1960/comments/feed.rss</wfw:commentRss><wfw:comment>http://sakura-nokishita.spaces.live.com/Blog/cns!6CB04EFFB064FA79!1960.entry#comment</wfw:comment><dcterms:modified>2008-03-21T11:46:43Z</dcterms:modified></item><item><title>ベルト・モリゾがやってくる</title><link>http://sakura-nokishita.spaces.live.com/Blog/cns!6CB04EFFB064FA79!887.entry</link><description>&lt;p align=center&gt;&lt;a href="http://blufiles.storage.msn.com/y1pJ8agrUaWTfotRWlqob46kb2mL2dFdf5uYHmQ-jIa2m1xpu0wrL6tyHqCe869wGAduonhj5EReHo"&gt;&lt;img height=662 alt="ベルト・モリゾ" src="http://blufiles.storage.msn.com/y1pJ8agrUaWTfpK4xga702mcj9ZfwrTKHSS6S4plTtMjDKeZYq5378L3nYq06wYvzUyFwk82ooVj4g" width=466&gt;&lt;/a&gt; 
&lt;p align=center&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝"&gt;&lt;font color="#7030a0"&gt;マネの描いた「スミレのブーケをつけたベルト・モリゾ」&lt;/font&gt; &lt;/font&gt;
&lt;p&gt;
&lt;p&gt;  
&lt;p&gt;  
&lt;p&gt;  
&lt;p&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝" size=5&gt;&lt;strong&gt;ベルト・モリゾがやってくる &lt;/strong&gt;&lt;/font&gt;
&lt;p&gt;  
&lt;p&gt;  
&lt;p&gt;　&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝" size=3&gt;夕ひばりさまのご主人さまから彼女を経由してのお知らせで、ベルト・モリゾが東郷青児美術館（９月１５日～１１月２５日）に、約７０点もやってくると知って、今から少年のようにワクワクドキドキしている。三年前マルモッタン美術館が上野にやって来た時に、ベルト・モリゾの絵を始めて鑑賞出来た訳だが、あの時の衝撃を決して忘れることは出来ない。ベルト・モリゾは印象派の画家である以上、彼等の動向や裏舞台まで全部知りえた人であったのに、印象派好みの日本人には殆ど知られていないから不再議な現象だと思う。日本語による評伝や紹介が極端に少ないのが一因だが、彼女の師匠マネ自身の記述も極めて少ない方の画家だったから仕方がないと言えばそれまでかも知れない。でも何故これほどの画家を百数年経った今でも知る人が少ないのだろうか。それはどうやらモリゾの生きた自身の中身であるらしい。『Ｎｏｕｓ　ｍｏｕｒｏｎｓ　ｔｏｕｓ　ａｖｅｃ　ｎｏｔｒｅ　ｓｅｃｒｅｔーＢｅｒｔｈｅ　Ｍｏｒｉｓｏｔ　；　Ｌｅ　Ｓｅｃｒｅｔ　ｄｅ　ｌａ　ｆｅｍｍｅ　ｅｎ　ｎｏｉｒより』　モリゾを紹介したボナの評伝から引用したこの言葉の意味は、「我々は皆、それぞれの秘密を抱いて死ぬ　ベルト・モリゾ」とあり、多くの謎に満ち、評伝を読んでも繋がらない部分が結構多いようであるが、硯水亭ではそのボナの書いた評伝を翻訳し、それを中心にちょっとだけ紹介しておきたい。 &lt;/font&gt;
&lt;p&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝" size=3&gt;　モリゾ（１８４１～１８９５）は高級官僚の家に三人姉妹の一人として生まれた。父はどちらかと言えば保守派で、後述するマネの家は共和派であった。両方それぞれがサロンを作り、多くの文人墨客を招いては賑わっていた。三人姉妹は最初ピアノを習ったが、三人とも挫折し、その後絵画を勉強させられる。姉・妹はそれぞれ早く結婚し、モリゾだけが画家の道を歩いて行くことになるが、マネの家でのサロンで知り合ったマネとモリゾ。時にマネは結婚をしていたが、モリゾを画家として、そしてモデルとして重用した。但し女癖が悪く、歩いている女の子でも直ぐ口説いてモデルにしてしまうようなマネは、旺盛に画家として大成して行くのだった。何人かのモデルがいたが、中でもオランダ人でピアノ教師だったシュザンヌ（マネの２歳年上）をモデルにして描かれた「オランピア」はパリ中侃々諤々の争論を起こしたセンセィショナルな裸婦の絵であった。然しそれが逆にマネの地位を不動のものにし、更にこのシュザンヌを描いた「草上の昼食」も又物議をかもすのに充分な後世に残る絵として成功した。最初画家として入ったモリゾは自分の絵を観て貰たいというと、そこはいけないとか言われ、殆どマネの絵に直されてしまうのが全く気に入らなかった。まるでロダンと弟子で愛人カミーユの関係に等しい。モリゾは社交的なマネと違って物静かで思慮深い人であった。この頃モネの「日の出」が世に出て印象派展が華々しく開かれ、その新しいサロンの立役者の一人として、又女流画家の先駆者としてモリゾは印象派絵画展の一介の画家として参加し、娘ジュリーの出産の時以外はすべて参加していた。モネ・ルノアール・ドガ・シスレーなどと親交を強くし、詩人ヴァレリーとも知り合っている。世界がモリゾ自身で切り開いたようなものであった。何故なら、モリゾの生きた時代は女流画家は一笑にふされ決して認められず、マネをして「モリゾは才能があるのに、女性だから可哀想だ」と述懐させたほどである。如かして新天地と結婚と、モリゾはマネから独立し生きて行くことになるのだった。女性自身の自我に目覚めて行くモリゾの生き様は、正しく芯の強い女性像のお手本となり、その苦悩や歓喜や絶望や希望までもが、彼女の絵を通して、ひしと伝わって来る。その容姿だけではなく内的魅力に溢れた人であった&lt;/font&gt;。 
&lt;p align=center&gt;&lt;a href="http://blufiles.storage.msn.com/y1pJ8agrUaWTfoPf0od7Z3Q7Dr6-77CuMvoE33x18x1G_zOtDeqOqNKaIQHe9scDn0EPzOMuSTWme8"&gt;&lt;img height=538 alt="モリゾと一人娘ジュリー" src="http://blufiles.storage.msn.com/y1pJ8agrUaWTfqu6q1-9Cdtf60l_IVerTMsKoB_Mcbroh5OkkmV8FvGcFyTON4T44jFGmCmFOy2Bwo" width=405&gt;&lt;/a&gt; 
&lt;p align=center&gt;　　　　　　　　　　　　　　　&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝" color="#7030a0"&gt;一人娘ジュリーと自身（？）を描いたモリゾ作「ゆりかご」&lt;/font&gt;  
&lt;p&gt;  
&lt;p&gt;　&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝" size=3&gt;モリゾの描く絵は家庭の中のささやかな幸福や陽だまりのある身近な人物画が中心であった。ただいつまでも結婚しないモリゾを両親は何くれとなく心配をしたが、モリゾ家に最後まで通っていたのは、マネの弟のウジェーヌであった。ウジェーヌは絵を描いたが決して人には見せず、特段の職業はなく自分の資産管理だけしている人であった。モリゾの父親はこうした前後に死に、母はモリゾを躍起になってウジェーヌとの結婚を薦めた。愈々モリゾがマネの手許から離れて行く運命にあったモリゾ。その前後マネは徹底的にモリゾを描き続け、有名な「バルコニー」では視線の先が皆違っていて、特にモリゾの視線を中心に描かれた名品となっている。この時マネとモリゾは濃密な時間をともに過ごし、マネは「扇を持つベルト・モリゾ」や「スミレの花束を持つベルト・モリゾ」や「薔薇色のミュールのモリゾ」など、一層華やいだモリゾの肖像画を完成させて行く。１８７４年モリゾ（３３歳の時）はマネの弟ウジェーヌと結婚。この時を境に、次第にマネから遠のいて行った。だがこの結婚は傍目から見ても、ウキウキするような新婚のカタチではなかった。姉のイヴにモリゾが何度か手紙を送っているが、割と淡白な書き方であったと。それでも幸せな感覚を味わっていたようである。ウジェーヌは喘息気味で、南仏など各地に転地療養をしながら、ウジェーヌとの間に一人娘が出来る。名前をジュリー（愛称ビビ）と言って可愛い子で、よく伯父さんに似ていると言われたらしい。ルノアールは、ジュリーが１４歳の時に印象派から離れ、独自の絵画への世界を模索し切り開いて行く端緒となった記念碑的なジュリーの絵を残している。 &lt;/font&gt;
&lt;p align=center&gt;&lt;a href="http://blufiles.storage.msn.com/y1pJ8agrUaWTfoNtUv2BFLe1lgPbhFZHjV2nLgfoluJ_6vH77D6dOt0fhPSbi4ZkRUam7_EOSq74Gw"&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝" size=3&gt;&lt;img height=506 alt="モリゾの娘ジュリーの絵" src="http://blufiles.storage.msn.com/y1pJ8agrUaWTfp_WtwJNuec_qaNG39V4dISUTjlWtgBEtTE_JzD6g-vEczu6NZ5d_emVryceJ1_SD4" width=416&gt;&lt;/font&gt;&lt;/a&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝" size=3&gt; &lt;/font&gt; 
&lt;p align=center&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝" size=3&gt;&lt;font size=2&gt;&lt;font color="#7030a0"&gt;モリゾの&lt;/font&gt;&lt;font color="#7030a0"&gt;娘&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;font color="#7030a0"&gt;&lt;font size=2&gt;ジュリーを描いたルノアール過渡期の絵　ルノアールらしい絵でしょう&lt;/font&gt;か&lt;/font&gt; &lt;/font&gt;
&lt;p align=center&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝" size=3&gt;  &lt;/font&gt;
&lt;p&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝" size=3&gt;&lt;/font&gt;
&lt;p&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝" size=3&gt;　結婚から２０年、ついにウジェーヌは帰らぬ人になってしまったが、その前にマネも又病魔に侵されて既に死んでしまっていた。印象派のサロンの前後に知り合った詩人マラルメに、一人娘ジュリーの後見人を頼み、翌年モリゾも５４歳で他界している。ジュリーは１６歳だったと思う。姉や身内や画家仲間たちがモリゾの死の淵に駆けつける。事前に丁寧に遺書を残し、最後のモリゾの言葉は「ジュリー！」。 &lt;/font&gt;
&lt;p&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝" size=3&gt;　【補填】　Institut de Franceの図書室には、ベルトとその家族、親しい友人たちとの間の手紙がそっくり保存されている。それぞれの人たちの筆跡に人柄が忍ばれるが、さてベルト・モリゾ宛ての手紙で保存されているのは、シャヴァンヌ（ウジェーヌの前に付き合っていた人）から４１通、ルノワールから４７通、ドガから５９通、マラルメから８６通。そして肝心要のエドゥワール・マネからはたった４通のみ。しかも名刺カードのようなものに書かれた簡単な形式的メッセージのものしかない。そんなことがありうるだろうか？兄や母、妻あての何通もの長い手紙が、同じ資料室からみつかるのに。そしてベルト・モリゾからマネにあてた手紙は一通もみつかっていない。そんなことが可能だろうか。 何処かに隠されているのか、それともマネとの一切合財を破棄したのか、謎に満ちている。沈黙を愛したモリゾらしい言葉が残っている。「恋文などは燃やしてしまったほうがいい」と。更に驚くことに、パッシー墓地にあるモリゾのお墓は、何とあのマネと一緒なのであり、無論ウジェーヌも同じところに書かれてあるが、やはりひた隠しにしなければならないマネとモリゾの禁断の関係があったのかどうか、その事実を今は知る術もない。 &lt;/font&gt;
&lt;p&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝" size=3&gt;  &lt;/font&gt;
&lt;p&gt;  
&lt;p&gt;　　　　　　&lt;a href="http://www.sompo-japan.co.jp/museum/"&gt;http://www.sompo-japan.co.jp/museum/&lt;/a&gt;　　　&lt;font color="#c00000"&gt;&lt;strong&gt;損保ジャパン内　東郷青児美術館　展覧会開催予定を御覧下さい　　　&lt;/strong&gt;&lt;/font&gt; 
&lt;p&gt;　　　　　&lt;a href="http://outouro-hananoen.spaces.live.com/blog/cns!BA05963D8EB5CC5!1520.entry"&gt;http://outouro-hananoen.spaces.live.com/blog/cns!BA05963D8EB5CC5!1520.entry&lt;/a&gt;　&lt;font color="#0070c0"&gt;&lt;strong&gt;本記事とは直接関係はないが　櫻灯路「二人のカミーユ」&lt;/strong&gt;&lt;/font&gt; 
&lt;p&gt;&lt;strong&gt;&lt;font color="#0070c0"&gt;&lt;/font&gt;&lt;/strong&gt; &lt;img src="http://c.services.spaces.live.com/CollectionWebService/c.gif?cid=7831846612080327289&amp;page=RSS%3a+%e3%83%99%e3%83%ab%e3%83%88%e3%83%bb%e3%83%a2%e3%83%aa%e3%82%be%e3%81%8c%e3%82%84%e3%81%a3%e3%81%a6%e3%81%8f%e3%82%8b&amp;referrer=" width="1px" height="1px" border="0" alt=""&gt;&lt;img style="position:absolute" alt="" width="0px" height="0px" src="http://c.live.com/c.gif?NC=31263&amp;amp;NA=1149&amp;amp;PI=73329&amp;amp;RF=&amp;amp;DI=3919&amp;amp;PS=85545&amp;amp;TP=sakura-nokishita.spaces.live.com&amp;amp;GT1=sakura-nokishita"&gt;</description><comments>http://sakura-nokishita.spaces.live.com/Blog/cns!6CB04EFFB064FA79!887.entry#comment</comments><guid isPermaLink="true">http://sakura-nokishita.spaces.live.com/Blog/cns!6CB04EFFB064FA79!887.entry</guid><pubDate>Mon, 20 Aug 2007 03:01:42 GMT</pubDate><slash:comments>0</slash:comments><msn:type>blogentry</msn:type><live:type>blogentry</live:type><live:typelabel>Blog entry</live:typelabel><wfw:commentRss>http://sakura-nokishita.spaces.live.com/blog/cns!6CB04EFFB064FA79!887/comments/feed.rss</wfw:commentRss><wfw:comment>http://sakura-nokishita.spaces.live.com/Blog/cns!6CB04EFFB064FA79!887.entry#comment</wfw:comment><dcterms:modified>2007-08-30T00:32:35Z</dcterms:modified></item><item><title>ゴッホの絵の教会と隠された秘話</title><link>http://sakura-nokishita.spaces.live.com/Blog/cns!6CB04EFFB064FA79!486.entry</link><description>&lt;p align=left&gt;
&lt;p align=center&gt;&lt;img style="visibility:visible;width:600px;height:450px" alt="" src="http://tkfiles.storage.msn.com/x1pPHu2K6HCG6rCL_xHj_v8ItMTqHytK2Of0a8Mr_EN2QJUk4rpPrr33HbcYgJ1DnipaRczKAKt_fYl6kjenJ3uCNUz8HxDUgacpen-Q3eVlRU"&gt;  
&lt;p align=center&gt;&lt;img style="visibility:visible;width:603px;height:724px" alt="" src="http://tkfiles.storage.msn.com/x1pPHu2K6HCG6rCL_xHj_v8Ikaf4lH6hzv20WUr_r3_7IBn59IUsAOK8e-aPL0zbCNr43-mluY50sj4KBvWzT3rGvGWBLQbfG8uvpN0WGe4soI-NmPB4a0ULg"&gt; 
&lt;p align=center&gt;&lt;font color="#993300"&gt;オヴェール・シュル・オワーズ教会　　上が実物の写真で　下が晩年のゴッホの絵　不気味な予感を秘めている &lt;/font&gt;
&lt;p align=left&gt;  
&lt;p align=center&gt;  
&lt;p align=center&gt;  
&lt;p align=center&gt;  
&lt;p align=center&gt;&lt;strong&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝, ＭＳ 明朝" size=4&gt;ゴッホの絵の教会と隠された秘話&lt;/font&gt;&lt;/strong&gt;  
&lt;p align=center&gt;  
&lt;p align=center&gt;  
&lt;p align=center&gt;  
&lt;p align=center&gt;最晩年オヴェールにいたゴッホは　弟テオとの交信だけで　孤独な生活を送っている　そしてそこが最期の地になった 
&lt;p align=center&gt;　 
&lt;p align=center&gt;アルルはゴッホにとって最高の場所であったが　待ち焦がれていた友人ゴーギャンの到来も間もなく　ゴーギャンと激しく言い争い 
&lt;p align=center&gt;ゴッホは自らの左耳の下部を切り落とす事件があって　２ヶ月もしないうちに嫌気をさしたゴーギャンはアルルを離れ　二人の仲は破綻した 
&lt;p align=center&gt;それからのゴッホはサンレミの精神病院に入って治療するのだが　サンレミ時代には一時的に平穏な時代で　ここでも多数の絵を残している 
&lt;p align=center&gt;その後パリに行き　弟テオの妻ヨハンナ・ボンゲル（通称ヨー）と初めて面会し　経済的支援が少なくなることを異常に懸念しながら 
&lt;p align=center&gt;ピサロの紹介で最期の地オヴェールに行く　精神科医ガッシュと逢うためであったが　不安と格闘しながらも　絵筆を捨てなかった 
&lt;p align=center&gt;上記写真の教会の絵『オーヴェル・シュル・オワーズ教会』の絵と『カラスの飛ぶ麦畑』などで知られる通り再び発狂しそうな最晩年の絵である 
&lt;p align=center&gt;オヴェールに行ってから　２ヵ月後ゴッホは自らの胸部にピストルを撃ち　掛け付けたテオなどから見取られて　３８歳の死を迎える　 
&lt;p align=center&gt;  
&lt;p align=center&gt;何故こんな話題をするのかと言うと　或る別なブログを昨日ようやく終えた　亡き主人のブログを何時までも続けていることに違和感が抜けなかった 
&lt;p align=center&gt;主人は無類の櫻好きだから　花が咲く前に主人を解放してあげたかった　それともう一点私たち二人は会長と専属秘書と言う立場であったが 
&lt;p align=center&gt;私が書生の時から主人のご自宅で暮らし　殆ど行動も共にして来た間柄で　主従の関係をどこか超えていた　人の予想より遥かにウマが合っていた 
&lt;p align=center&gt;絵を描くことが大好きな主人は　私たち二人で欧州に出張に行った時など　必ずと言っていいほどゴッホの軌跡を辿ることが多く大好きだった 
&lt;p align=center&gt;主人はゴッホにメロメロで　私はどちらかと言うとゴーギャンが好きで　アルル時代の二人とは行かないが　よくそんな冗談を言い合ったものだ 
&lt;p align=center&gt;  
&lt;p align=center&gt;&lt;img style="visibility:visible;width:353px;height:454px" alt="" src="http://tkfiles.storage.msn.com/x1pPHu2K6HCG6rCL_xHj_v8IpGnm0-ZumiRJbPmFeojeoQELciweUJXs7YuaPu4h3BZTLb4V10M2A6NapqS7UeyX5Aan2lpDA0WYCP6VocqURE"&gt; 
&lt;p align=center&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　&lt;font color="#993300"&gt;ゴッホの椅子　ゴッホの絵&lt;/font&gt; 
&lt;p align=center&gt;  
&lt;p align=center&gt;&lt;img style="visibility:visible;width:363px;height:454px" alt="" src="http://tkfiles.storage.msn.com/x1pPHu2K6HCG6rCL_xHj_v8IsDnmYHl7aoK9ntiyDwo4CeTnQG9rWUVLPF4UeSO_GENa0ebfNMwJOFYl2vUjwaBZxpZRBsO-_OoCAfFL5_I1Z6uzKyzAJ8HRw"&gt; 
&lt;p align=center&gt;　　　　　　　　　&lt;font color="#993300"&gt;ゴッホが用意したゴーギャン用の肘掛椅子　ゴッホの絵 &lt;/font&gt;
&lt;p align=center&gt;  
&lt;p align=center&gt;&lt;img style="visibility:visible;width:401px;height:522px" alt="" src="http://tkfiles.storage.msn.com/x1pPHu2K6HCG6rCL_xHj_v8Igcb5wttlak1a-_Va6fJaok7d3crZIaUpYX-dvsnk2OuXdqiftUlyWum8jNR_DyK4_SK8PNn39bwrFHhTamWbENsiqB1O3QnwA"&gt; 
&lt;p align=center&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　&lt;font color="#0000ff"&gt;　ゴッホ　アルル時代の最高傑作『夜のカフェテラス』 &lt;/font&gt;
&lt;p align=left&gt;  
&lt;p align=center&gt;&lt;img style="visibility:visible;width:408px;height:494px" alt="" src="http://tkfiles.storage.msn.com/x1pPHu2K6HCG6rCL_xHj_v8Ija20t4nqQydlKYD37451-HTOhWDdhUxk9BJeAtV-5-wAIzswiwoUV58u2DGseKvW2OE-ch-5jpvIoc9cA2cnhiU3nruIjOrAA"&gt; 
&lt;p align=center&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　&lt;font color="#800000"&gt;アルル時代のゴッホの向日葵の絵 &lt;/font&gt;
&lt;p align=left&gt;&lt;font color="#800000"&gt;&lt;/font&gt;
&lt;p align=left&gt;&lt;font color="#800000"&gt;&lt;/font&gt;
&lt;p align=left&gt;&lt;font color="#800000"&gt;&lt;/font&gt;
&lt;p align=left&gt;&lt;font color="#800000"&gt;&lt;/font&gt;
&lt;p align=center&gt;&lt;font color="#800000"&gt;  &lt;/font&gt;
&lt;p align=center&gt;更にもう一つ主人は或る方とメル友をしていた　上の教会の写真はその方が写したものである　本ブログに他にも何枚か使用してる 
&lt;p align=center&gt;そろそろ主人が設定した４５歳定年に近づいている　この制度は全会社員が大賛成であったが　その彼女は何故か頑なに反対した 
&lt;p align=center&gt;幾ら説明してもついに分かって貰えないと珍しく愚痴をこぼすことがあった　会社員で終わるな　更に新しい人生を生きなさいと 
&lt;p align=center&gt;そんな会社は日本中探してもありっこない　しかも退職金は通常の会社員が生涯働く退職金の５倍近い　人間は死ぬまで働くべきだと言うのが 
&lt;p align=center&gt;彼女の主張の主旨だったらしいが　何もそこで終わらなくてもいい　そのまま会社員でいてもいいし　新しい人生も送るべきだと主張した主人 
&lt;p align=center&gt;両者の接点はほとんどなく食い違い　何も赤の他人が　人の会社の全社員大賛成の制度を始めるのに　口出しするのは可笑しいし　 
&lt;p align=center&gt;無礼千万であると　私は傍からイライラしながら見ていた　主人は相手は年上だけど　精神的には子供だからと言って笑っていた 
&lt;p align=center&gt;無論その制度は導入され　今までに倍した働きを全社員がしてくれている　主人が亡くなった時　最も取り乱したのは彼女であった 
&lt;p align=center&gt;主人の死があまりにも哀しかったのだろうか　今ではそう理解している　そこで彼女のご好意を顕彰するために　 
&lt;p align=center&gt;本ブログに彼女が撮った多数の写真を使わせて戴いている次第なのである 
&lt;p align=center&gt;  
&lt;p align=center&gt;話を元に戻すが　結局ゴッホは牧師になりたがってもがいた人であった　だがあまりの純粋さのせいで牧師には不向きで　画家の道を選び死んだ 
&lt;p align=center&gt;&lt;img style="visibility:visible;width:696px;height:338px" alt="" src="http://tkfiles.storage.msn.com/x1pPHu2K6HCG6rCL_xHj_v8Ipcx4sZj5nenBvBWW2WbObHv-ITHQFR0uCq-qQen1i_S9orCVr7dUtg-nTd-mZQfFwoFzeyqQHDGulGlmtjAGLj5sOa0-KLG3g"&gt; 
&lt;p align=center&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　&lt;font color="#333399"&gt;　カラスの飛び交う麦畑　ゴッホの最期の作品&lt;/font&gt; 
&lt;p align=center&gt;  
&lt;p align=center&gt;この絵は　狂おしい何かを感じざるを得ない　最晩年の絵を何故主人はそれ程見ようとしなかったのか　今では全く分からない 
&lt;p align=center&gt;主人は　ミレーの『種蒔く人』を習作した絵や弟テオの子供にプレゼントした『アーモンドの花樹』の絵を限りなく愛してやまなかった 
&lt;p align=center&gt;&lt;img style="visibility:visible;width:643px;height:530px" alt="" src="http://tkfiles.storage.msn.com/x1pPHu2K6HCG6rCL_xHj_v8IlK9uCfUCiSCiz3UVKF1JNqqqPACaoJCgeK5u4J1C7Re-3sTkyvXrfF9vGmGPelvzVX-bLTKTFAtb11K1LuTv3g"&gt; 
&lt;p align=center&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　&lt;font color="#ff6600"&gt;ミレーの種蒔く人の模写　ゴッホの習作と言ってもいい &lt;/font&gt;
&lt;p align=center&gt;  
&lt;p align=center&gt;&lt;img style="visibility:visible;width:566px;height:454px" alt="" src="http://tkfiles.storage.msn.com/x1pPHu2K6HCG6rCL_xHj_v8Iv4o4fukKUZl7jv_st5Uia9wAqALy71HF9VZRI9FyDymxmZsEjb6KBsy5UgUNgEl5KpIhIqmlYiDYUpW5qM2gbE"&gt; 
&lt;p align=center&gt;&lt;font color="#333399"&gt;弟テオを通して妻ヨハンナへ　そして子供へプレゼントの『アーモンドの花樹』　ゴッホ美術館では特別な作品 &lt;/font&gt;
&lt;p align=center&gt;  
&lt;p align=center&gt; 人生は思いっ切り皮肉である　兄ゴッホのために経済的にずっと支えて来たテオまでが精神的に来て　兄の死後僅か１年で亡くなっている 
&lt;p align=center&gt;妻ヨハンナは最初別な場所に埋葬していたが　ヨハンナの素早く最もな判断で　今では愛すべき兄・ゴッホの隣に仲良く眠っている 
&lt;p align=center&gt;&lt;img style="visibility:visible;width:461px;height:321px" alt="" src="http://tkfiles.storage.msn.com/x1pPHu2K6HCG6rCL_xHj_v8Iv3az3ofx1ScrsD74NovAUn6UnF2oFHQjnJHCvutT3T_2LhKnqcS2jOMoW_XiN_5vk-fI_9nTEluZnkGDw1ggkA"&gt; 
&lt;p align=center&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　&lt;font color="#008000"&gt;ゴッホとテオのお墓 &lt;/font&gt;
&lt;p align=center&gt;  
&lt;p align=center&gt;一方ゴッホに愛想つかしたゴーギャンは　元々船乗りだっただけに南国タヒチに逃れ　タヒチ周辺の島々を渡り歩きながら　 
&lt;p align=center&gt;畢生の名画『我々はどこから来たのか　我々は何者か　そしてどこへ行くのか』と題のついたメッセージ性の高い素晴らしい作品を残している 
&lt;p align=center&gt;そしてゴーギャンの最期の作品になったのは　何と２枚の向日葵の絵であった　今タヒチの美術館にあるが　それを観ると感涙に堪えない 
&lt;p align=center&gt;遠く異国の地から　我が友ゴッホを偲んでいたのだろうか 
&lt;p align=center&gt;  
&lt;p align=center&gt;&lt;img style="visibility:visible;width:525px;height:454px" alt="" src="http://tkfiles.storage.msn.com/x1pPHu2K6HCG6rCL_xHj_v8InYfbU_KncPi4EtE3W0QzaOOft7gyxld81JxWFYyxaCXlMNUMrg9B32s6SBYDc419N45z1C_i6qMQONYvQdlcFxQP9C_pr8C1A"&gt; 
&lt;p align=center&gt;&lt;img style="visibility:visible;width:524px;height:450px" alt="" src="http://tkfiles.storage.msn.com/x1pPHu2K6HCG6rCL_xHj_v8IhfWY4V55fRNO3PZ-cBF1e6DaGcLKC71BZH2Jw5sHska4B746hmngA6qfBbvQQfDLW35D7Ev5Hom0R8xWZxUhIc5C---hYAscg"&gt; 
&lt;p align=center&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　&lt;font color="#800000"&gt;ゴーギャンの最期の作品『向日葵』２点 &lt;/font&gt;
&lt;p align=center&gt;  
&lt;p align=center&gt;パリで初めてゴッホと知り合ったのも　アルルでゴッホが向日葵の花を描いて待っていたのも　すべて向日葵が仲介した 
&lt;p align=center&gt;ゴーギャンはわざわざ遠いフランス本国から向日葵の種を取り寄せ育ててから　死に向き合って　この絵を描きあげている 
&lt;p align=center&gt;ゴッホの死後　僅か１３年の後ゴーギャンは孤独のうちに　タヒチから離れた絶海の孤島で亡くなっている 
&lt;p align=center&gt;けれども帰天（カトリックではこう言うそうだ）した二人は　天界で今度こそ仲良く並んで絵でも描いているのだろうか 
&lt;p align=center&gt;  
&lt;p align=center&gt;驚くことにゴッホが世に出たのは　弟テオの奥さんであるヨハンナの功績が大きかった　兄弟二人の間に交わされた膨大な手紙を纏め出版し 
&lt;p align=center&gt;ゴッホ美術館の基礎を作り　ゴッホの評価を高くせしめた　今のゴッホ美術館の館長はゴッホと同姓同名であり　これも何かに因果だろう 
&lt;p align=center&gt;私と主人は大変に仲がよかった　二卵性双生児とよく馬鹿にされたものだ　残された私は今度はヨハンナの役をする番だろうと思う 
&lt;p align=center&gt;いつかきっと主人に逢えることをこころから信じて頑張って　主人の分も生きていかなければならない 
&lt;p align=center&gt;ゴッホとゴーギャンの因縁めいた数々の逸話に　有りっ丈の思いを馳せながらである 
&lt;p align=left&gt;
&lt;p align=left&gt;
&lt;p align=center&gt;&lt;img src="http://c.services.spaces.live.com/CollectionWebService/c.gif?cid=7831846612080327289&amp;page=RSS%3a+%e3%82%b4%e3%83%83%e3%83%9b%e3%81%ae%e7%b5%b5%e3%81%ae%e6%95%99%e4%bc%9a%e3%81%a8%e9%9a%a0%e3%81%95%e3%82%8c%e3%81%9f%e7%a7%98%e8%a9%b1&amp;referrer=" width="1px" height="1px" border="0" alt=""&gt;&lt;img style="position:absolute" alt="" width="0px" height="0px" src="http://c.live.com/c.gif?NC=31263&amp;amp;NA=1149&amp;amp;PI=73329&amp;amp;RF=&amp;amp;DI=3919&amp;amp;PS=85545&amp;amp;TP=sakura-nokishita.spaces.live.com&amp;amp;GT1=sakura-nokishita"&gt;</description><comments>http://sakura-nokishita.spaces.live.com/Blog/cns!6CB04EFFB064FA79!486.entry#comment</comments><guid isPermaLink="true">http://sakura-nokishita.spaces.live.com/Blog/cns!6CB04EFFB064FA79!486.entry</guid><pubDate>Thu, 22 Feb 2007 22:53:45 GMT</pubDate><slash:comments>0</slash:comments><msn:type>blogentry</msn:type><live:type>blogentry</live:type><live:typelabel>Blog entry</live:typelabel><wfw:commentRss>http://sakura-nokishita.spaces.live.com/blog/cns!6CB04EFFB064FA79!486/comments/feed.rss</wfw:commentRss><wfw:comment>http://sakura-nokishita.spaces.live.com/Blog/cns!6CB04EFFB064FA79!486.entry#comment</wfw:comment><dcterms:modified>2007-07-21T03:45:19Z</dcterms:modified></item><item><title>モネの庭　日本版</title><link>http://sakura-nokishita.spaces.live.com/Blog/cns!6CB04EFFB064FA79!438.entry</link><description>&lt;p align=center&gt;
&lt;p align=center&gt; &lt;img style="visibility:visible;width:600px;height:450px" alt="" src="http://tkfiles.storage.msn.com/x1pPHu2K6HCG6rCL_xHj_v8IokHH6kLUACVGiklIF4fAdODY5nZUZUWHZbBhrbXePbSGf2AjLNAwd-Mfy0zoMawIS-f4UtVyLKByk7wbWkLhYZFll5P9tDYgw"&gt; 
&lt;p align=center&gt;  
&lt;p align=center&gt;  
&lt;p align=center&gt;  
&lt;p align=center&gt;  
&lt;p align=center&gt; &lt;strong&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝" size=4&gt;モネの庭　日本版&lt;/font&gt;&lt;/strong&gt; 
&lt;p align=center&gt;  
&lt;p align=center&gt;  
&lt;p align=center&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝, ＭＳ 明朝"&gt;高知県北川村に　フランス・ジヴェルニーにあるモネの庭とそっくりな庭がある &lt;/font&gt;
&lt;p align=center&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝, ＭＳ 明朝"&gt;故里再生基金でたてられた村興し事業の一環で　実際にジヴェルニーから本物のモネの庭師がやって来て手伝った &lt;/font&gt;
&lt;p align=center&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝, ＭＳ 明朝"&gt;時間が経つにつれ　次第に本物そっくりな庭に仕上がりつつある　それにしても北川村はいいアイディアで庭を造った &lt;/font&gt;
&lt;p align=center&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝, ＭＳ 明朝"&gt;モネのように　画布を何枚も準備して　時間差の色彩を体験してみたいものだが　色彩はまさに時間によって違う &lt;/font&gt;
&lt;p align=center&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝, ＭＳ 明朝"&gt;日光の赤沼から出る早朝バスは朝の四時から運行しているが　刻一刻と色彩が違う風景を堪能して貰いたい趣旨であるようだ &lt;/font&gt;
&lt;p align=center&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝, ＭＳ 明朝"&gt;フランス政府から贈られた蒼い睡蓮もある　日がな絵筆を執って過ごしたモネの晩年は幸せな日々であったのだろうか &lt;/font&gt;
&lt;p align=center&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝, ＭＳ 明朝"&gt;最初の妻カミーユを亡くした時　非情にも妻の死に顔を描こうと絵筆を執ったぐらいである　絵を描く業と言うモノがあるのだろう&lt;/font&gt; 
&lt;p align=center&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝, ＭＳ 明朝"&gt;その時既に人妻と不倫していたモネであっても　モネの生活を支え続けて果てたカミーユをどう思っていたか　&lt;/font&gt; 
&lt;p align=center&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝, ＭＳ 明朝"&gt;それでもその後その人妻は離婚しモネと結婚した　子供を三人生みながら　誰一人として長生きしたものはなく&lt;/font&gt; 
&lt;p align=center&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝"&gt;なかんづくモネの係累と称する方は　現在たった一人も報告されていないのが現状である&lt;/font&gt;  
&lt;p align=center&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝"&gt;セーヌ下流のほとりにある小さな村に　ただ茫漠としてカミーユの墓があるが　誰一人として尋ねて来るものはいない&lt;/font&gt;  
&lt;p align=center&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝, ＭＳ 明朝"&gt;&lt;/font&gt;  
&lt;p align=left&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝, ＭＳ 明朝"&gt;&lt;/font&gt;
&lt;p align=center&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝, ＭＳ 明朝"&gt;&lt;img style="visibility:visible;width:600px;height:450px" alt="" src="http://tkfiles.storage.msn.com/x1pPHu2K6HCG6rCL_xHj_v8IsnTizO7B2AeqYgJGogKT7GUL9gbcv3HaD88o6pUrq5piGUdlBkOAFSEF0iRnQT9ubUpVvz1n073pYw6SaaxowcKvq7bIwKqqw"&gt; 
&lt;p align=left&gt;  &lt;/font&gt;
&lt;p align=center&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝, ＭＳ 明朝"&gt;本場ジヴェルニーのモネの住まいには　モネの香りはどこにもない　ただあるのは精魂籠った庭園と日本の浮世絵だけだが &lt;/font&gt;
&lt;p align=center&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝, ＭＳ 明朝"&gt;どんなに日本画の構成力に憧れていたのだろうか　ゴッホにおいても然りであり　それだけにジヴェルニーの庭が &lt;/font&gt;
&lt;p align=center&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝, ＭＳ 明朝"&gt;日本にこうして実現したことは　永遠の眠りにつくモネにとっても幸せなことであるだろう&lt;/font&gt; 
&lt;p align=center&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝"&gt;&lt;/font&gt;  
&lt;p align=center&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝, ＭＳ 明朝"&gt;近年官僚腐敗が進んでいる日本では詰まらない無駄遣いばかり新聞ネタになっているが　北川村はよくやったと評価したい &lt;/font&gt; 
&lt;p align=center&gt;  
&lt;p align=center&gt;&lt;img style="visibility:visible;width:437px;height:538px" alt="" src="http://tkfiles.storage.msn.com/x1pPHu2K6HCG6rCL_xHj_v8IvQ5l6JK6EtK-gMvBYWk35PN7RbiCzUmGyIAlRxStNv0X5uTiFPlNiBqjtWZO1iWATEw-nZD80ajCieuGeQVplw"&gt; 
&lt;p align=left&gt;
&lt;p align=center&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝, ＭＳ 明朝"&gt;&lt;/font&gt;  &lt;a href="http://www.kitagawamura.net/mone"&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝, ＭＳ 明朝"&gt;http://www.kitagawamura.net/mone&lt;/font&gt;&lt;/a&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝, ＭＳ 明朝"&gt;t/&lt;/font&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝, ＭＳ 明朝"&gt;　　北川村の『モネの庭』サイト&lt;/font&gt; 
&lt;p align=center&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝, ＭＳ 明朝"&gt;&lt;/font&gt; &lt;img src="http://c.services.spaces.live.com/CollectionWebService/c.gif?cid=7831846612080327289&amp;page=RSS%3a+%e3%83%a2%e3%83%8d%e3%81%ae%e5%ba%ad%e3%80%80%e6%97%a5%e6%9c%ac%e7%89%88&amp;referrer=" width="1px" height="1px" border="0" alt=""&gt;&lt;img style="position:absolute" alt="" width="0px" height="0px" src="http://c.live.com/c.gif?NC=31263&amp;amp;NA=1149&amp;amp;PI=73329&amp;amp;RF=&amp;amp;DI=3919&amp;amp;PS=85545&amp;amp;TP=sakura-nokishita.spaces.live.com&amp;amp;GT1=sakura-nokishita"&gt;</description><comments>http://sakura-nokishita.spaces.live.com/Blog/cns!6CB04EFFB064FA79!438.entry#comment</comments><guid isPermaLink="true">http://sakura-nokishita.spaces.live.com/Blog/cns!6CB04EFFB064FA79!438.entry</guid><pubDate>Sat, 27 Jan 2007 05:45:02 GMT</pubDate><slash:comments>0</slash:comments><msn:type>blogentry</msn:type><live:type>blogentry</live:type><live:typelabel>Blog entry</live:typelabel><wfw:commentRss>http://sakura-nokishita.spaces.live.com/blog/cns!6CB04EFFB064FA79!438/comments/feed.rss</wfw:commentRss><wfw:comment>http://sakura-nokishita.spaces.live.com/Blog/cns!6CB04EFFB064FA79!438.entry#comment</wfw:comment><dcterms:modified>2007-03-06T07:11:03Z</dcterms:modified></item><item><title>エトルダ海岸にて</title><link>http://sakura-nokishita.spaces.live.com/Blog/cns!6CB04EFFB064FA79!330.entry</link><description>&lt;p align=left&gt;
&lt;p align=center&gt;&lt;img style="visibility:visible;width:600px;height:450px" alt="" src="http://tkfiles.storage.msn.com/x1pPHu2K6HCG6rCL_xHj_v8InWa1b8CZtfznBy53zCgWm0RT-2uhf-cN7UuVW_FkZGVu7efHg7vO80DGs6mg19MaIg1UGdJi0ztRlOcQBXPExIk-zbJ_7WY-Q"&gt;  
&lt;p align=center&gt;  
&lt;p align=center&gt;  
&lt;p align=center&gt;  
&lt;p align=center&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝, ＭＳ 明朝" size=4&gt;&lt;strong&gt;エトルダの海岸にて&lt;/strong&gt;&lt;/font&gt; 
&lt;p align=center&gt;  
&lt;p align=center&gt;パリを流れるセーヌを何処までも下って行くと　北フランスの田舎町で出る　そこからエトルダは近い 
&lt;p align=center&gt;ここはエトルダの海岸近くには　あのマルローの文学館があったり　そこそこの美しい町である 
&lt;p align=center&gt;但しこの風景を　一気に有名にしたのは　他でもない　あのモネであった 
&lt;p align=center&gt;その後モネはジヴェルニーの庭で　睡蓮の連作をするのだが　その前は　つまり修行時代になるだろうか 
&lt;p align=center&gt;青年モネは　この風景を気に入って　どんなに描いたであろうか 
&lt;p align=center&gt;  
&lt;p align=center&gt;モネはよく画布を何枚も立てて　日の出や日の入りを立て続けに描いたし　ゴチック建築にも同じ手法で描いた 
&lt;p align=center&gt;太陽のあたり具合で　風景がどうにも変化し描けるからで　最も気になったのは色彩の変化だろうと思う 
&lt;p align=center&gt;私も　よく日光に出掛け　朝の四時から運転をする戦場ヶ原・赤沼から出る早朝バスに乗って出掛ける 
&lt;p align=center&gt;小田代が原に　すっくと立つ貴婦人（白樺）を見るためだが　何と朝の色彩は　五分したら完全に変わる 
&lt;p align=center&gt;連続写生を試みたが　モネのようなわけには行かず　何度落胆したことか　それは至極当然のことだが・・・ 
&lt;p align=center&gt;  
&lt;p align=center&gt;人のこころは　ここまでは変らないぞと吐き捨てるように　ブツクサ言いながら絵筆を置いて帰途につく 
&lt;p align=center&gt;先ず第一に　描くより　呆然として見惚れてしまうからではないのか 
&lt;p align=center&gt;そこを非情になって　描き切らなければならないのだろう 
&lt;p align=center&gt;  
&lt;p align=center&gt;愛する妻の死に顔を　冷徹にスケッチしたぐらいなオトコである 
&lt;p align=center&gt;モネには　絵の業が生涯ついて廻ったことであろう 
&lt;p align=center&gt;  
&lt;p align=center&gt;エトルダの海岸を見る時　いつもそんな感慨を催す 
&lt;p align=center&gt;非情にはなれない　業は他にもあるかも知れないと　私には畏れがあるのかも知れない 
&lt;p align=center&gt; &lt;img src="http://c.services.spaces.live.com/CollectionWebService/c.gif?cid=7831846612080327289&amp;page=RSS%3a+%e3%82%a8%e3%83%88%e3%83%ab%e3%83%80%e6%b5%b7%e5%b2%b8%e3%81%ab%e3%81%a6&amp;referrer=" width="1px" height="1px" border="0" alt=""&gt;&lt;img style="position:absolute" alt="" width="0px" height="0px" src="http://c.live.com/c.gif?NC=31263&amp;amp;NA=1149&amp;amp;PI=73329&amp;amp;RF=&amp;amp;DI=3919&amp;amp;PS=85545&amp;amp;TP=sakura-nokishita.spaces.live.com&amp;amp;GT1=sakura-nokishita"&gt;</description><comments>http://sakura-nokishita.spaces.live.com/Blog/cns!6CB04EFFB064FA79!330.entry#comment</comments><guid isPermaLink="true">http://sakura-nokishita.spaces.live.com/Blog/cns!6CB04EFFB064FA79!330.entry</guid><pubDate>Fri, 08 Dec 2006 09:10:02 GMT</pubDate><slash:comments>0</slash:comments><msn:type>blogentry</msn:type><live:type>blogentry</live:type><live:typelabel>Blog entry</live:typelabel><wfw:commentRss>http://sakura-nokishita.spaces.live.com/blog/cns!6CB04EFFB064FA79!330/comments/feed.rss</wfw:commentRss><wfw:comment>http://sakura-nokishita.spaces.live.com/Blog/cns!6CB04EFFB064FA79!330.entry#comment</wfw:comment><dcterms:modified>2007-03-06T08:07:03Z</dcterms:modified></item><item><title>みすゞの詩篇と運命</title><link>http://sakura-nokishita.spaces.live.com/Blog/cns!6CB04EFFB064FA79!323.entry</link><description>&lt;p align=left&gt;
&lt;p align=center&gt;&lt;img style="visibility:visible;width:600px;height:450px" alt="" src="http://tkfiles.storage.msn.com/x1pPHu2K6HCG6rCL_xHj_v8Iql6B6wD1Wmt9rzv9ApiGzAKltQR06xK1EzIpm41mmATgiQ8zFggYEWu9qmdHd5zPEpY17SgfKA-BvIST2nSUZILR-vx5lUIRw"&gt;  
&lt;p align=center&gt;  
&lt;p align=center&gt;  
&lt;p align=center&gt;  
&lt;p align=center&gt;  
&lt;p align=center&gt;&lt;strong&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝, ＭＳ 明朝" size=4&gt;みすゞの詩篇と運命&lt;/font&gt;&lt;/strong&gt; 
&lt;p align=center&gt;  
&lt;p align=center&gt;金子みすゞは　自堕落な旦那さまのお陰と　冷たい仕打ちの西条八十大先生のお陰で 
&lt;p align=center&gt;可哀想にも　その日記念写真を撮って　若干２６歳で自殺した 
&lt;p align=center&gt;あんな優しい子が　どうしてと彼女の運命をひたすら呪う 
&lt;p align=center&gt;  
&lt;p align=center&gt;母を恨んだ娘のふぅちゃんだって　同じ運命を辿ったのだから　人生って何か可笑しくもある 
&lt;p align=center&gt;みすゞの母親も男運がなく　折角幸せを掴んだのに　その旦那さまは早く死んでしまった 
&lt;p align=center&gt;親子三代　そんな運命であるが　どうしてこうも同じ運命を　天は課すのでしょう 
&lt;p align=center&gt;  
&lt;p align=center&gt;櫻の花が　急に観たくなって来た　十月櫻でも冬櫻でも啓翁櫻でも　今咲いている櫻なら何でもいい 
&lt;p align=center&gt;それが果たせないとしたら　せめてみすゞの櫻の詩篇でも読みましょう 
&lt;p align=center&gt;  
&lt;p align=left&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 
&lt;p align=left&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　&lt;strong&gt;　　　『さくらの木』&lt;/strong&gt; 
&lt;p align=left&gt;&lt;strong&gt;&lt;/strong&gt;  
&lt;p align=left&gt;&lt;strong&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 もしも、母さんが叱らなきゃ、&lt;/strong&gt; 
&lt;p align=left&gt;&lt;strong&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 　咲いたさくらのあの枝へ、&lt;/strong&gt; 
&lt;p align=left&gt;&lt;strong&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 　ちょいとのぼってみたいのよ&lt;/strong&gt; 
&lt;p align=left&gt;&lt;strong&gt;&lt;/strong&gt;  
&lt;p align=left&gt;&lt;strong&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　一番目の枝までのぼったら、&lt;/strong&gt; 
&lt;p align=left&gt;&lt;strong&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　町がかすみのなかにみえ、&lt;/strong&gt; 
&lt;p align=left&gt;&lt;strong&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　お伽のくにのようでしょう。&lt;/strong&gt; 
&lt;p align=left&gt;&lt;strong&gt;&lt;/strong&gt;  
&lt;p align=left&gt;&lt;strong&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　三番目の枝に腰かけて、&lt;/strong&gt; 
&lt;p align=left&gt;&lt;strong&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　お花のなかにつつまれりゃ、&lt;/strong&gt; 
&lt;p align=left&gt;&lt;strong&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　私がお花の姫さまで、&lt;/strong&gt; 
&lt;p align=left&gt;&lt;strong&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ふしぎな灰でもふりまいて、&lt;/strong&gt; 
&lt;p align=left&gt;&lt;strong&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　咲かせたような、気がしましょう。&lt;/strong&gt; 
&lt;p align=left&gt;&lt;strong&gt;&lt;/strong&gt;  
&lt;p align=left&gt;&lt;strong&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　もしも誰かがみつけなきゃ、&lt;/strong&gt; 
&lt;p align=left&gt;&lt;strong&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ちょいとのぼってみたいのよ。&lt;/strong&gt; 
&lt;p align=center&gt;  
&lt;p align=center&gt;  
&lt;p align=center&gt;この詩って　あまりにも何気ない　 
&lt;p align=center&gt;風土に根差した独特の佛教感もない 
&lt;p align=center&gt;ただこの詩には　みすゞの肉体や精神や　吐息させ聞えるようでうれしい 
&lt;p align=center&gt;だから僕は好きだ　内心は哀しみの中に満ちていたか　嬉々としていたか 
&lt;p align=center&gt;この詩篇からだけだと　さっぱり分からないけれど 
&lt;p align=center&gt;思わずみすゞちゃんって声を掛けてしまいそうで　何だかとっても楽しい 
&lt;p align=center&gt;有難うみすゞ！いつまでも　僕達に夢を下さって 
&lt;p align=center&gt;&lt;img src="http://c.services.spaces.live.com/CollectionWebService/c.gif?cid=7831846612080327289&amp;page=RSS%3a+%e3%81%bf%e3%81%99%e3%82%9e%e3%81%ae%e8%a9%a9%e7%af%87%e3%81%a8%e9%81%8b%e5%91%bd&amp;referrer=" width="1px" height="1px" border="0" alt=""&gt;&lt;img style="position:absolute" alt="" width="0px" height="0px" src="http://c.live.com/c.gif?NC=31263&amp;amp;NA=1149&amp;amp;PI=73329&amp;amp;RF=&amp;amp;DI=3919&amp;amp;PS=85545&amp;amp;TP=sakura-nokishita.spaces.live.com&amp;amp;GT1=sakura-nokishita"&gt;</description><comments>http://sakura-nokishita.spaces.live.com/Blog/cns!6CB04EFFB064FA79!323.entry#comment</comments><guid isPermaLink="true">http://sakura-nokishita.spaces.live.com/Blog/cns!6CB04EFFB064FA79!323.entry</guid><pubDate>Tue, 05 Dec 2006 07:37:51 GMT</pubDate><slash:comments>0</slash:comments><msn:type>blogentry</msn:type><live:type>blogentry</live:type><live:typelabel>Blog entry</live:typelabel><wfw:commentRss>http://sakura-nokishita.spaces.live.com/blog/cns!6CB04EFFB064FA79!323/comments/feed.rss</wfw:commentRss><wfw:comment>http://sakura-nokishita.spaces.live.com/Blog/cns!6CB04EFFB064FA79!323.entry#comment</wfw:comment><dcterms:modified>2007-07-21T03:48:10Z</dcterms:modified></item><item><title>侘助と茶花</title><link>http://sakura-nokishita.spaces.live.com/Blog/cns!6CB04EFFB064FA79!269.entry</link><description>&lt;div align=center&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div align=center&gt;&lt;img style="visibility:visible;width:600px;height:398px" alt="" src="http://tkfiles.storage.msn.com/x1pPHu2K6HCG6rCL_xHj_v8IiErcmYp3LLhaDR4jHD7tJq5b2TitRyjM4vJPG3jLsShK2IAKYNCYR7i41VHZutr42MpBCtwB7mng4tW14ISdGk"&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div align=center&gt; &lt;/div&gt;
&lt;div align=center&gt; &lt;/div&gt;
&lt;div align=center&gt; &lt;/div&gt;
&lt;div align=center&gt; &lt;/div&gt;
&lt;div align=center&gt; &lt;/div&gt;
&lt;div align=center&gt; &lt;/div&gt;
&lt;div align=center&gt;&lt;strong&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝" size=4&gt;侘助と茶花&lt;/font&gt;&lt;/strong&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div align=center&gt; &lt;/div&gt;
&lt;div align=center&gt; &lt;/div&gt;
&lt;div align=center&gt; &lt;/div&gt;
&lt;div align=center&gt; &lt;/div&gt;
&lt;div align=center&gt; &lt;/div&gt;
&lt;div align=center&gt;&lt;strong&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝"&gt;やはり　侘助は　白い方がいいのだろうか&lt;/font&gt;&lt;/strong&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div align=center&gt;&lt;strong&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝"&gt;&lt;/font&gt;&lt;/strong&gt; &lt;/div&gt;
&lt;div align=center&gt;&lt;strong&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝"&gt;京都・哲学の道を山側に　少々外れると　霊鑑寺がある&lt;/font&gt;&lt;/strong&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div align=center&gt;&lt;strong&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝"&gt;&lt;/font&gt;&lt;/strong&gt; &lt;/div&gt;
&lt;div align=center&gt;&lt;strong&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝"&gt;もともと尼寺で　人形を供養してくれるところで有名な御寺であるが&lt;/font&gt;&lt;/strong&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div align=center&gt;&lt;strong&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝"&gt;&lt;/font&gt;&lt;/strong&gt; &lt;/div&gt;
&lt;div align=center&gt;&lt;strong&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝"&gt;もっと素敵なことは　あらゆる椿の花が庭園内にあることだ&lt;/font&gt;&lt;/strong&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div align=center&gt;&lt;strong&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝"&gt;&lt;/font&gt;&lt;/strong&gt; &lt;/div&gt;
&lt;div align=center&gt;&lt;strong&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝"&gt;その中で　私が最も好きな椿は　『胡蝶侘助』と言う美しい椿だ&lt;/font&gt;&lt;/strong&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div align=center&gt;&lt;strong&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝"&gt;&lt;/font&gt;&lt;/strong&gt; &lt;/div&gt;
&lt;div align=center&gt;&lt;strong&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝"&gt;但し侘助なら　何でもいいと言うものではない&lt;/font&gt;&lt;/strong&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div align=center&gt;&lt;strong&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝"&gt;&lt;/font&gt;&lt;/strong&gt; &lt;/div&gt;
&lt;div align=center&gt;&lt;strong&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝"&gt;このピンクの強い侘助は　果たして茶席には向くのだろうかと&lt;/font&gt;&lt;/strong&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div align=center&gt;&lt;strong&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝"&gt;&lt;/font&gt;&lt;/strong&gt; &lt;/div&gt;
&lt;div align=center&gt;&lt;strong&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝"&gt;少し頭を捻ってしまうのだが　茶席ではなく　&lt;/font&gt;&lt;/strong&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div align=center&gt;&lt;strong&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝"&gt;&lt;/font&gt;&lt;/strong&gt; &lt;/div&gt;
&lt;div align=center&gt;&lt;strong&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝"&gt;普通に見れば　こんな美しい花はないのである&lt;/font&gt;&lt;/strong&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div align=center&gt;&lt;strong&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝"&gt;&lt;/font&gt;&lt;/strong&gt; &lt;/div&gt;
&lt;div align=center&gt;&lt;strong&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝"&gt;茶席には　色のない白い侘助がよかろうと思うが&lt;/font&gt;&lt;/strong&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div align=center&gt;&lt;strong&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝"&gt;&lt;/font&gt;&lt;/strong&gt; &lt;/div&gt;
&lt;div align=center&gt;&lt;strong&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝"&gt;ちょっとした霧吹きで　濡れた風情を吹きつけるのも一興だ&lt;/font&gt;&lt;/strong&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div align=center&gt;&lt;strong&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝"&gt;&lt;/font&gt;&lt;/strong&gt; &lt;/div&gt;
&lt;div align=center&gt;&lt;strong&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝"&gt;花を通して　人を観る　藝術そのものではないだろうか&lt;/font&gt;&lt;/strong&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div align=center&gt;&lt;strong&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝"&gt;&lt;/font&gt;&lt;/strong&gt; &lt;/div&gt;
&lt;div align=center&gt;&lt;strong&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝"&gt;そんなのが　私のモットーである&lt;/font&gt;&lt;/strong&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div align=center&gt;&lt;strong&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝"&gt;&lt;/font&gt;&lt;/strong&gt; &lt;/div&gt;
&lt;div align=center&gt; &lt;/div&gt;&lt;img src="http://c.services.spaces.live.com/CollectionWebService/c.gif?cid=7831846612080327289&amp;page=RSS%3a+%e4%be%98%e5%8a%a9%e3%81%a8%e8%8c%b6%e8%8a%b1&amp;referrer=" width="1px" height="1px" border="0" alt=""&gt;&lt;img style="position:absolute" alt="" width="0px" height="0px" src="http://c.live.com/c.gif?NC=31263&amp;amp;NA=1149&amp;amp;PI=73329&amp;amp;RF=&amp;amp;DI=3919&amp;amp;PS=85545&amp;amp;TP=sakura-nokishita.spaces.live.com&amp;amp;GT1=sakura-nokishita"&gt;</description><comments>http://sakura-nokishita.spaces.live.com/Blog/cns!6CB04EFFB064FA79!269.entry#comment</comments><guid isPermaLink="true">http://sakura-nokishita.spaces.live.com/Blog/cns!6CB04EFFB064FA79!269.entry</guid><pubDate>Wed, 22 Nov 2006 11:28:27 GMT</pubDate><slash:comments>0</slash:comments><msn:type>blogentry</msn:type><live:type>blogentry</live:type><live:typelabel>Blog entry</live:typelabel><wfw:commentRss>http://sakura-nokishita.spaces.live.com/blog/cns!6CB04EFFB064FA79!269/comments/feed.rss</wfw:commentRss><wfw:comment>http://sakura-nokishita.spaces.live.com/Blog/cns!6CB04EFFB064FA79!269.entry#comment</wfw:comment><dcterms:modified>2007-07-28T15:54:08Z</dcterms:modified></item></channel></rss>